海洋生物の調査研究
沖縄美ら島財団は長崎大学および東京大学大気海洋研究所と共同で、ジンベエザメの放流時に行動記録計と体温計を装着して野外での行動と周りの水温に対する体温の変化を調べた。数百mの鉛直移動によって周りの水温が変化しても、ジンベエザメの体温はゆっくりとしか変化せず、身体が大きいことによる体温の安定性が確認された。また、ジンベエザメの体温の上限は海面水温と同等であり、体温調節を外界の温度に依存する外温性であることが確認された。また、文献中の様々な魚種と比較すると全身熱交換係数は体重と関係しており、体重の約-2/3乗に比例して体温変化がしにくくなることがわかった。放流したジンベエザメは外洋で水温3~4℃と非常に冷たい1000mを越えるような深度まで潜っていた。その理由は明らかではないが、大きな身体に由来する体温の安定性がそのような潜水を可能にすると考えられる。
水は熱伝導率および比熱容量が大きく、水中に住む生物の体温は水温に大きく影響される。そのため、水中に住む生物にとって水温より体温を高く保つことは大きな挑戦である。体温を高く保つには奪われる熱よりも多く熱を生み出すこと、断熱性を高めて水に熱を奪われにくくすること、あるいはその両方が必要である。鰓呼吸の魚の場合、血液中の熱が鰓で呼吸する際に奪われてしまうので、水温より体温を高く保つことはさらに難しい。魚の中でもマグロ類やネズミザメ類の一部の種類は、泳ぐ時に筋肉で発生した熱を体表で冷やされた血液にうまく受け渡す奇網という組織を使って部分的に体温を高く保つ能力を持つことが知られているが、多くの魚は体温調節を外部の温度に依存する外温性であり水温と体温はほぼ一致している。
海洋の温度環境には大きな鉛直勾配があり、海面から数百メートル潜るだけで水温が数℃から十数℃も変化するという特徴がある。そのため、外洋に住む魚は鉛直移動を行うことで幅広い水温環境を利用して体温を調節することができる。表層付近で体温を高めて深海の低水温環境にいけば現場の水温よりも高い体温を持つことができる。しかし、深海の低水温によって体温が低下していくので、体温が下がり切る前に温かい表層付近に戻って体温を回復しなければならない。そのような環境で外温性動物が相対的に高い体温を長く保つ戦略としては身体を大きくするという方法がある。身体が大きくなるほど熱容量が大きくなり、体積に対する体表面積も小さくなるので体温変化がしにくくなると考えられる。ジンベエザメは大きなものでは全長10m、体重数トンにもなる世界最大の魚類である。本研究では、ジンベエザメの行動と周りの水温に加えて体温として筋肉温度を野外で初めて計測して、身体が大きいことがジンベエザメに体温の安定性をもたらしているかを検証した(図1)。
ジンベエザメは鉛直移動によって幅広い水温を経験していたが、水温が変化しても体温はあまり変化しないことが確認された(図2)。また、ジンベエザメの体温の上限は海面水温と同等であり、高い体温を保つために自ら産生した熱に依存する内温性ではなく、外界の温度に依存して体温を調節する外温性であることが確認された。このことからジンベエザメは熱を産生するような高い代謝コストを払わずに、身体が大きいことで水温環境の変化に対して安定した体温を維持することができることが示唆された。また、体温と尾鰭振動数の関係を見ると体温が低くなるに従って尾鰭振動数が低下していたことから、海面水温に近い体温を保つことは活動性を維持するためであることが示唆された(図3)。水温と体温の差に対する体温変化から全身熱交換係数を推定したところ、これまで報告されていた他の魚よりも小さい値を示した。文献を参照して1g未満の魚から本研究で得られた1tを超えるジンベエザメまで幅広い体サイズの魚の全身熱交換係数を比較したところ、外温性・内温性とは無関係に熱交換係数は体重の-2/3乗に比例して小さくなったことから、身体が大きいほどより体温が変化しにくくなることが示唆された(図4)。放流したジンベエザメは外洋で水温3~4℃と非常に冷たいような1000mを越える深度まで行っていた。そのような深度まで潜る理由は明らかではないが、大きな身体に由来する体温の安定性がそのような潜水を可能にすると考えられる。
研究・教育施設としても社会貢献を求められている水族館と大学が共同研究を行い、お互いの強みを活かすことで希少動物の生態に関する知見を得ることができた。ジンベエザメが潜る理由はまだ明らかになっていないが、今後さらに研究を進めることで保全に繋がる生態の理解に繋がることが期待される。
「Journal of Experimental Biology」
Body temperature stability observed in the whale sharks, the world’s largest fish.
Itsumi Nakamura, Rui Matsumoto, Katsufumi Sato
https://jeb.biologists.org/content/early/2020/05/02/jeb.210286
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