プレスリリース
2024.05.29
(一財)沖縄美ら島財団の研究チームはホホジロザメやその近縁種の調査により、生まれたばかりの赤ちゃんザメの身体を覆う「白い膜」の正体を解明し、国際学術誌に論文として発表しました。
2023年、北米カリフォルニア沖で、世界初となるホホジロザメの新生仔(しんせいじ:産まれて間もない赤ちゃん)が目撃されました。その発見は、ホホジロザメの出産海域に謎を解く手がかりとして重要であるほか、出産後の仔ザメが「謎の白い膜」に覆われていたことにより、大きなニュースとなりました。沖縄美ら島財団の研究チームは、その体を覆っていた「白い膜」の正体を解明し、国際学術誌に論文として発表しました。
ホホジロザメの近縁種であるネズミザメの胎仔を調査したところ、この「白い膜」は、当初考えられていた“羊水の成分が胎仔の皮膚にこびりついたもの”ではなく、胎仔の皮膚そのものであることが分かりました。胎仔は、体表の鱗の外側にさらに一枚の白い表皮を持っており、その表皮は出産後ただちに剥離すると考えられます。つまり、ホホジロザメは、出産直後に「一皮剥ける」ということになります。
このような現象は、過去に調査されたことがなく、謎多きホホジロザメの繁殖生態に新たな知見を与えるものです。
1. ようやく目撃!ホホジロザメの新生仔
2023年の北米の研究者らによるドローン調査により、カリフォルニア沖の海域において世界初となるホホジロザメの新生仔が撮影されました。この海域は、過去40年にわたる研究で、ホホジロザメの出産場所の有力候補と考えられてきた場所です。ドローンで新生仔が撮影されたことは、この説を証明する出来事として大きく報道されました。
2. 新生仔を包んでいた「白い膜」
ドローンで撮影されたホホジロザメの体は「白い膜」で覆われていました。研究者らは、この膜は羊水に含まれる栄養成分(子宮ミルク*)が胎仔の皮膚に付着した名残だと考え、このサメが新生仔である証拠と考えました。
*過去のプレスリリース参照:「母ザメが子宮の中でミルクを与える? 魚類最強のハンター ホホジロザメの不思議な繁殖方法を解明!」
1.「白い膜=子宮ミルク」説に対する疑念
疑念①:出産直前に子宮ミルクは分泌されていない。
私たちの過去の研究によれば、ホホジロザメの子宮ミルクの分泌は妊娠中期に止まっており、妊娠後期の羊水には、胎仔の皮膚に付着するような成分は含まれていません。
疑念②:皮膚に付着した子宮ミルクが出産後に長時間残るとは考えにくい。
私たちの観察では、妊娠初期のホホジロザメ胎仔の体表に付着した子宮ミルクは、水で容易に洗い流すことができます。そのため、仮に出産時のホホジロザメの体に子宮ミルクが付着したとしても、出産後の体表に長時間残るとは考えにくいと思われます。
図1 :ネズミザメの胎仔(左)とその拡大写真(右)。表皮(*)を一枚剥がすと、下から鱗に覆われた本来の表皮が現れる。
2.白い膜の正体は、胎仔の皮膚
ホホジロザメに近縁なネズミザメの胎仔を調査した結果、胎仔の皮膚に興味深い構造が見つかりました。本来、体表面を覆っている鱗の外側に、もう一層表皮があることが分かりました(図2)。この表皮はピンセットなどでつまむと体表から容易に剥離します(図1)。この剥離途中の表皮は、カリフォルニア沖でドローン撮影されたホホジロザメの「白い膜」の見た目と良く一致します。すなわち、この映像は胎仔の体表を覆っていた表皮が剥がれ落ちている過程を捉えたものと考えられます。
3.出産後に一皮剥ける意味
サメの鱗は硬い鉱物(アパタイト)でできており、体表を傷から守る役割があります。一方で、胎仔の硬い鱗が体表に露出していると、子宮の内壁や、子宮内に同居する兄弟を傷つけてしまう恐れがあります。そこで、胎仔の間は鱗の外側を一枚皮膚で覆っておき、産まれた後にその皮膚を脱ぎ捨てる仕組みを進化させたのかもしれません。今回の研究は、謎多きホホジロザメの繁殖生態に新たな知見を加えるものと言えます。
冨田武照(とみた たけてる):2011年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。フロリダ州立大学研究員等を経て、2015年より当財団総合研究所所属。主査研究員。専門はサメの機能形態学。
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