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  1. 4)大型板鰓類の生理・生態・繁殖に関する調査研究
沖縄美ら島財団総合研究所

海洋生物の調査研究

4)大型板鰓類の生理・生態・繁殖に関する調査研究

野津 了*1・冨田武照*1・村雲清美*2・松本瑠偉*1・佐藤圭一*1

1.はじめに

ジンベエザメやナンヨウマンタに代表される大型板鰓類の多くは個体数の減少もあり世界的な保護対象種とされてきている。現在すでに、種の保存に向けた活動が重要視されてきている一方で、そのような活動に必要となる板鰓類の生理・生態・繁殖学的な情報は不足しているのが現状である。そこで当財団では、飼育下における大型板鰓類の研究を積極的に推進することで野外からでは獲得しえない新たな知見の蓄積に努めている。また、そこから得られた成果を活用し飼育動物の健康管理技術や繁殖統御技術を開発することで野生生物の保全に貢献し、持続的な水族館運営に繋げるべく調査研究を展開している。

2.板鰓類血液サンプルを利用した新規分子バイオマーカーの探索

図-1成熟メストラフザメにおける新規分子マーカー候補SF008の周年発現変動
図-1成熟メストラフザメにおける新規分子マーカー
候補SF008の周年発現変動

板鰓類の飼育下繁殖の効率化には個体の生殖状態を把握することが重要であるが、これまで蓄積されてきた哺乳類や硬骨魚類の知識を利用しただけでは正確な判定が難しい場合が認められている。そのため板鰓類の生殖生理状態を反映した新規のバイオマーカーの必要性を感じている。血液は非致死的かつ経時的に採取可能であることから、バイオマーカーのモニタリングに有用だと考えられる。近年ではヒトにおいて血液中の遺伝子マーカーを利用した新たな健康診断技術の開発が進んでいる。当財団では板鰓類においても同様の技術が適用できると考え、板鰓類の血液サンプルにおいて利用できる新規分子バイオマーカーの探索および確立を目指している。
昨年度までに、RNA sequencingという技術を用いてトラフザメ成熟メスの血液中で発現している遺伝子を網羅的に解析し、産卵期に有意に高発現している遺伝子を複数特定していた。さらに、モニタリング方法を考慮に入れ、約10種まで新規マーカー候補を選抜していた。本年度は、それら新規マーカー候補遺伝子の周年変動を調べ、マーカーとしての妥当性を検証した。トラフザメの成熟メス4個体から2ヶ月に一度血液を採取し、血球からRNAを抽出した。その後、リアルタイムPCR法(RT-qPCR)に供し、マーカー候補遺伝子の発現量を定量した(図−1)。その結果、マーカー候補の一つであるSF008の発現量は産卵期に当たる4月および6月で高発現を示し、産卵期が終了した8月に急減した。その後、卵胞が発達する12月から2月にかけてSF008の発現量が上昇傾向を示した。以上の結果から、SF008が成熟メストラフザメの生殖状態を反映していることが確認された。現時点で、SF008は血液中でどのような機能を担っているかは不明であるが、成熟メストラフザメの生殖状態を判別する有用なバイオマーカーになると期待される。今後は、未成熟メス個体における遺伝子発現プロファイルを明らかにし、成熟メス個体と比較することで新たな性成熟マーカーの開発に繋げたいと考えている。

3.水中エコーを用いたサメ類胎仔の行動に関する研究

図-2子宮内を泳ぐオオテンジクザメ胎仔(右上)のエコー画像
図-2子宮内を泳ぐオオテンジクザメ胎仔(右上)の
エコー画像

ダイバーによるエコー診断を可能にした「水中エコー」は、当財団が世界に先駆けて開発を進めてきた技術である。エコー装置を特注の耐水・耐圧ハウジングに入れることにより、水深20メートルまでのエコー診断が可能である。旧来のエコー技術と異なり、観察個体を水上に上げなくてよいため、観察個体や観察者への負担が少なく、高頻度かつ長期にわたって同一個体で観察を行える点で画期的である。 沖縄美ら海水族館では3年間にわたって、胎生サメ類であるオオテンジクザメの妊娠個体の観察を行ってきた。その結果、オオテンジクザメの胎仔は(1)子宮内を活発に泳ぎ回り(図-2)、(2)頻繁に左右の子宮を行き来し、(3)出産前には稀に子宮外に顔を出すという行動が見られた。オオテンジクザメの胎仔は、子宮内に供給される無精卵を経口摂取することで、出生サイズまで成長すると考えられており、胎仔の高い活動性は、子宮内で無精卵を探索するうえで有利な特徴であると予想される。エコー診断により明らかとなったこれらの行動は、胎児の動きが強く制限されている哺乳類と対照的である。本研究は、哺乳類以外の胎仔の行動を克明に観察した、世界的にも稀有なものであり、板鰓類の胎生メカニズムを解明する上で重要な示唆を与えるものである。
今後は、ジンベエザメをはじめとする他の飼育種や、野生個体への適用により新知見が得られることが期待される。

4.ガラパゴスにおけるジンベエザメ野外個体の調査

エクアドルのガラパゴス諸島の周辺はジンベエザメのホットスポットとして知られている。特に、大型個体が来遊しており、性的に成熟した個体のデータ取得が期待されている。当財団はジンベエザメの生態解明や飼育管理および繁殖に寄与することを目的に本種の血液サンプル取得および分析、エコーによる性成熟や妊娠等の診断を実施した。なお、本調査活動はGalapagos Whale Shark Projectをはじめとする海外の研究グループと共同で実施した。
本調査活動では雄1個体(5.0m)、雌36個体(全長:4.0〜13.0m)を確認した。そのうち雌(11〜13m)21個体のエコー検査を実施した(写真−1)。エコー画像から胎仔は確認できなかったものの、世界で初めてジンベエザメの卵胞を確認した。血液採取は雌(11〜13m)6個体に実施し(写真−2)、血液ガス分析と性ホルモン検査を行った。血液ガス分析では飼育しているジンベエザメと明らかな差はなく、性ホルモンについても沖縄美ら海水族館で飼育されている未成熟個体との差はみられなかった。性ホルモンは性周期に伴い、変動すると考えられるため今回の調査では上昇していなかったと予測される。
今後は飼育個体のホルモン変動とエコー検査による卵巣の観察を継続し、野外個体から得られる情報と比較することで、ジンベエザメの性成熟判定技術の確立に繋げたいと考えている。

  • 写真-1野外におけるジンベエザメへのエコー検査の実施
    写真-1野外におけるジンベエザメへのエコー検査の実施
  • 写真-2 野外におけるジンベエザメからの採血
    写真-2 野外におけるジンベエザメからの採血

5.外部評価委員会コメント

対外的にもインパクトのある多様な研究がすすめられ、多数の国際誌への投稿も含めて社会的な貢献度も高い。科研費の取得も高く評価できる。
(仲谷顧問:北海道大学名誉教授)


*1動物研究室 *2魚類チーム

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