海洋生物の調査研究
植田啓一*1
動物研究室では、沖縄周辺にみられる熱帯・亜熱帯性の海洋生物の多様性研究や、生理学・生態学的特性を研究することにより、自然環境保全やその持続的発展への寄与を目指している。
本年度は、動物倫理や動物福祉の観点より、新たに動物実験倫理委員会を開催した。また調査研究による成果は、地域の産業振興や水族館管理事業にも寄与させる仕組みを強化した(図-1)。
平成30年の研究活動は、定席研究員9名に加え、水族館との兼任職員4名で実施した。また、研究内容によっては水族館職員と随時連携した。平成30年度には新たに3件の科研費を獲得し、計7件の研究課題を外部資金によって展開している。また次年度に向けて4件の申請を行った。
今年度の調査では、本部半島周辺と慶良間諸島周辺海域合わせて、のべ約497頭分の尾びれ写真を撮影した。これまでに収集した写真との比較で、個体の来遊履歴の確認や新規個体の登録を実施し、今年までに約1600頭分の尾びれ写真を収集した。またこれまでに収集したデータを基に、国内では奄美、国外ではフィリピンやマリアナの研究機関と協力し共同研究を実施した。その結果、沖縄で確認された個体が上記各海域でも確認されていることが明らかとなり、沖縄海域と他海域の本種集団との交流傾向が徐々に明らかとなった。
今年度の産卵調査において、本部半島では、アカウミガメ及びアオウミガメの産卵が、各々30回及び26回確認され、タイマイの産卵は確認されなかった。また遺伝子調査において、アオウミガメの遺伝子分析による調査を京都大学等と共同して実施した。その結果、琉球列島の個体群はインド洋から太平洋まで幅広いハプロタイプが確認された。これは琉球列島がインド太平洋地域におけるアオウミガメの摂餌海域の北限地として機能している可能性が示唆された。なお、タイマイについては、飼育下3世代目の繁殖に成功した。
絶滅の危機にある淡水魚の生息域外保全を目的として、遺伝子解析より判定した在来フナを海洋博公園内の池に放流し、再生産が確認された。また、固有の遺伝集団であるミナミメダカ琉球型を飼育下で増殖し、それらを小学校の教材として配布するとともに、生息の危機的状況やその要因についての普及啓発活動も開始した。また約380点の標本を新規登録し、その中には新称「カタグロウミヘビ」などの日本初記録の魚類も含まれた。また外来種対策として、1990年代より名護市で増殖を続けている外来毒蛇タイワンハブ(特定外来生物)の駆除の技術開発も開始した。
板鰓類の飼育下繁殖効率化のための個体の生殖状態把握を目指し、生殖生理状態を反映したバイオマーカーの探索及び確立を実施した。その結果、マーカー候補の一つであるSF008が、成熟メストラフザメの生殖状態を反映していることが確認された。また水族館で3年間にわたって、胎生サメ類であるオオテンジクザメの妊娠個体のエコー検査を実施し、胎仔が(1)子宮内を活発に泳ぎ回り、(2)頻繁に左右の子宮を行き来し、(3)出産前には稀に総排泄口から顔を出すという行動を確認した。これらは哺乳類以外の胎仔の行動を克明に観察した、世界的にも稀有なものであり、板鰓類の胎生メカニズムを解明する上で重要な示唆を与えるものであった。またエクアドルのガラパゴス諸島において、昨年に引き続きGalapagos Whale Shark Projectをはじめとする海外の研究グループと共同でジンベエザメの野外調査を実施した。
フォトトランセクト法によるサンゴのモニタリング調査においては、近年増加傾向であったサンゴ被度は平成30年も同様の傾向を示し、特にミドリイシ科は全地点で増加していた。また、浅い場所では2006年の白化以降の増加が顕著であり、深い場所ではハナヤサイサンゴ類が緩やかに増加している傾向にあった。
サンゴ類に加え、海藻・海草類は沿岸海域の基礎生産を担う重要な構成要素である。当財団では、近年生態系の基礎生産者である海藻・海草類に着目し、沖縄島北部での生育状況を調査している。平成30年度には、本島北部の東西海岸に生育する海藻・海草相に関する野外調査を実施した。備瀬地区における海藻類はイノー内部が多く、イノー外縁には少なく、その傾向は4年間共通していた。また、各方形枠における年変動も不明瞭であった。嘉陽地区では、すべての地点で海藻・海草類の被度は40~60%程度で、リュウキュウスガモが優先する傾向にあった。また、岸よりの方形枠にはウミジグサ、リュウキュウアマモが目立ち、沖側ではベニアマモやホソバウミジグサが出現した。各方形枠とも種構成は類似しており、年変動も不明瞭であったことから、海藻・海草類は比較的安定していると考えられた。
鯨類の骨疾患について、CT検査等の画像診断検査を実施し、外部診療を含め新たに4症例を診断した。そのうち2症例からは、これまで原因不明であった、イルカの体躯湾曲症の原因解明の手がかりとなる事例であった。また飼育イルカの生検により、起因菌がBrucella cetiであることが判明した。新興真菌感染症調査においては、琉球大学との共同研究により、クジラ型パラコクシジオイデス症(PCM-C)の原因菌と近縁菌種である高度病原性真菌症のヒストプラズマ症原因 Histoplasma capsulatum 6菌株との交差試験を行った結果、北米由来の1株にのみPCM-Cとの交差反応が確認された。またMOUを締結している香港オーシャンパークにおいて、板鰓類の水中エコー検査及びイルカの内視鏡検査について技術指導を実施した。
平成30年度は29報の科学論文が受理された。論文数は昨年に比べるとやや増加し、その大半が英文誌である。また現在投稿中の論文が27報であることより31年度は更なる増加が見込まれ、依然として論文投稿は活発である。
また、マスコミ等への積極的な情報提供も展開し、8件のプレスリリース、40件の各種メディアの取材を受けた。このように、研究成果は活発に外部発信されている。
特にオオテンジクザメ胎仔の行動生態に関する報告とリュウグウノツカイの人工授精については、国内のマスメディアだけではなく、国内外からの問い合わせも多く注目を浴びた研究となった。
調査研究活動の成果は,水族館における鯨類、大型板鰓類、ウミガメの長期飼育・繁殖に関する技術向上や,標本等展示物の提供,研究活動の報告、各種イベントでの講師派遣等を行い、最新の研究成果を来館者に提供している。特にジンベエザメのガラパゴス調査、オオテンジクザメ胎児の子宮内行動などの研究成果は、来館者に分かりやすい映像等で館内展示に供している。
平成31年1月11日に実施された研究活動に対する外部評価委員会においては、論文としての多くの成果だけでなく、地域振興、水族館事業への寄与なども盛んで、かつ多くの外部資金を導入しており、当初の期待値を大きく上回る理想的な研究組織となっていると評価された。
次年度より新たに第Ⅳ期中長期計画が開始される事となる。それに伴い、今まで以上に水族館と連携した調査研究を行い、飼育技術や繁殖技術の向上に努める。また国際化・グローバル化を目指し、海外からの研修生や来訪者の受け入れ、共同研究等の連携事業等への取り組みを強化する。
また外来種対策としてのタイワンハブ駆除事業や養殖水産事業に対して、調査研究により得られた知見を活かして取り組むものとする。
*1動物研究室
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