亜熱帯性植物の調査研究
篠原礼乃*1 仲本のな*2・小西照子*3
ヤマコンニャク(Amorpohphallus kiusianus Makino)は、四国(高知県)、九州南部から奄美大島、台湾に分布し、沖縄県においては粟国島にのみ分布している。沖縄県版レッドデータブックにおいて絶滅危惧IA類、環境省版レッドデータブックにおいて絶滅危惧II類に指定されている。
本調査は、古琉球紅型浦添型研究所より浦添型の防染糊としてヤマコンニャクが使われていた可能性が考えられることから、何等かの糊として働く成分があるか等、調査に協力してほしいという依頼があったことから根茎の分析を行ったものである。
琉球古紅型「浦添型(うらしーがた)」とは、紅型の祖形と言われ、紅型宗家・澤岻家唯一の技法とされている。紅型・藍型等型絵染の研究者であり重要無形文化財「型絵染」保持者であった鎌倉芳太郎は「古琉球型紙の研究」(1964)で、「摺込手法の型紙として、また別に浦添型と呼ばれるものがある。これは衣服に作る布帛に文様を表すために用いた型紙である。これを蒟蒻型ともいう。」と表している。この技法は蒟蒻糊で墨や顔料を膠着させるもので、2-3枚の型紙を使い分けるなど複雑な技法であり明治期初めには途絶えたとされている。
古琉球紅型浦添型研究所においては、「浦添型」の復元・復興事業に取り組んでおり、1)で記したとおり「浦添型」=「蒟蒻型」であると鎌倉が記していることから、「浦添型」で防染糊として用いられたコンニャクがどの種であるかを明らかにするため、2010年に当該研究所所蔵の近世浦添型布地の分析を行っている。また、沖縄県において琉球王朝時代より存在するコンニャクとして考えられる種はヤマコンニャクのみが沖縄県に自生する種であることから、本種である可能性が高いと考え、染色実験も行い、粟国島産ヤマコンニャク糊による染色が可能であることがわかっている。
「浦添型」に用いられたコンニャクがヤマコンニャクであるのか、どのような成分が糊として作用しているのかを明らかにするため根茎に含まれる多糖分析を行った。また、鹿児島県産ヤマコンニャク及び、日本在来のコンニャクが用いられた可能性もあることから、鹿児島県産ヤマコンニャク及び、和玉と呼ばれる日本在来のコンニャク(Amorpohphallus konjac K.Koch)についても多糖の構成糖分析を行った。
沖縄県粟国島産のヤマコンニャクと他地域のヤマコンニャクは染色体数や形態を異にするとも言われていることから、粟国島産、鹿児島県産のヤマコンニャクの根茎の構成糖を比較し、別種の可能性があるか検討することとした。
分析は、琉球大学農学部亜熱帯生物資源科学科、小西照子准教授に依頼し実施した。
それぞれの根茎の皮をむきサンプル約100g(生重量)に4倍量のエタノールを加え、ミキサーにて破砕し濾過した。次いで濾過残渣にアセトンを加え、脱脂・脱色後、乾燥させたものをアルコール不溶性画分(AIR)として実験に供した。
多糖の構成糖分析を行うため、加水分解後サンプルを乾固させ、水で懸濁後HPAECで測定した。糖の検出にはパルスドアンペロメトリー検出器を使用した。
AIR300 mgに水10 mlを加え、熱湯湯浴中で15分加熱し、室温で20分間遠心し上清を熱水抽出多糖として回収した。熱水抽出多糖の全糖量をフェノール硫酸法で測定した。その際フェノール硫酸法ではグルコースを標準物質として用い、定量を行った。
熱水抽出多糖のデンプンを分解するためアミラーゼ処理を行った。熱水抽出多糖にアミラーゼ溶液を加えて全量を4 mlとし、37℃で1日間酵素反応させた後、エタノール8 mlを加えて多糖を沈殿させた。
図-1は、粟国島産ヤマコンニャク、図-2は、鹿児島県産ヤマコンニャクのAIRの多糖分析を行った結果を示したものである。複雑なピークが多く、検出された糖の同定が不可能であった。
これは、AIRに含まれる二次代謝産物等、多糖以外の成分による影響を受け、糖の検出が阻害されたためと考えられた。そこで、AIRから熱水で多糖を抽出し構成糖分析を行った。その結果は図-3、4のとおりである。
熱水抽出多糖の構成糖分析を行った結果、粟国島産、鹿児島県産の両サンプルともほぼグルコースからのみなるピークが検出された。しかし、このグルコースのピークはが他の糖の検出を阻害している可能性が考えられたため、ヨウ素デンプン反応試験を行い、このグルコースがデンプン由来のものなのかを確認した。その結果、図-5のとおり、これら多糖は青く染色されたことから、熱水抽出多糖は主にデンプンが含まれていることが明らかとなった。また、ヨウ素デンプン反応で、和玉(日本在来コンニャク)の青色が他の2サンプルと比較し薄かったことから、和玉に含まれるデンプン量は、ヤマコンニャクより少ないことがわかった。
熱水抽出多糖にデンプンが含まれていたため、サンプルをさらにアミラーゼで処理しデンプンを分解した後、構成糖分析を行った。その結果、図-6、7に示したように、粟国島産及び鹿児島県産ヤマコンニャクでは、主にガラクトースとグルコースが検出された。ガラクトースとグルコースの割合は、両サンプルとも1:1~1.3であった。
一方、和玉は図-8のとおり、ガラクトース、グルコース及びマンノースが主要成分として検出され、ガラクトース、グルコース、マンノースの割合はおよそ2.5:4:1であった。
このグルコースについて、アミラーゼで分解されずに残存するデンプン由来のグルコースである可能性があることから、熱水抽出多糖のアミラーゼ処理後ヨウ素デンプン反応に供した。その結果、この多糖はヨウ素反応でほとんど染色されず、アミラーゼ処理後のサンプルにはデンプンの混在は認められないか、含まれていても少量であると推察された。このことから、和玉の熱水抽出多糖にはグルコマンナンが含まれていることが明らかとなった。コンニャクイモの主要多糖は、マンノースとグルコースがβ(1,4)結合したグルコマンナンであり、マンノースとグルコースのモル比は1.6:1(Dave,V and McCarthy 1997)である以上の結果より和玉がコンニャクイモと近い品種であることが示唆された。一方、粟国島産ヤマコンニャク及び鹿児島県産ヤマコンニャクの主要多糖成分はデンプンであり、かつ、グルコマンナンは含まれていなかった。それゆえ、両ヤマコンニャクはコンニャクイモとは異なる品種であることを示している。
今回の調査で、粟国島産ヤマコンニャクと鹿児島県産ヤマコンニャクの多糖成分の量比はほぼ同じであった。根茎の多糖成分分析結果からは、両者は同種である可能性が高いと考えられる。
古琉球紅型浦添型研究所において2010年に実施した近世浦添型布地の分析の結果から、布地に含まれていた糖成分は、グルコースが多く含まれ、マンノースは低く検出されていたことや、粟国島産ヤマコンニャクの糖構成分析結果のピークと類似していたことから「浦添型」の防染糊としてヤマコンニャクが用いられていた可能性は高い。
本調査により、「浦添型」の防染糊としてヤマコンニャクが用いられた可能性が高いことがわかったが、現在粟国島にしかヤマコンニャクは生育していないことから、「浦添型」制作時なぜヤマコンニャクを材料として用いたのか、当時は沖縄島にも自生していたのか、粟国島を生産地としていたのか等歴史文化の面からの調査が求められる。
また、今回の根茎の多糖成分の分析結果からは粟国島産と鹿児島県産の相違は見られなかった。しかし、液果の形状、大きさ、染色体数が粟国島産と他の地域産では異なるともされていることから、今後は形態比較、DNA比較を行う等の調査が必要である。
ヤマコンニャクを分譲して頂いた粟国村役場、和玉を提供して頂いた佐藤剛氏(有限会社 佐藤蒟蒻店)に深く感謝を申し上げます。
図-1 粟国島産ヤマコンニャクのAIR構成糖分析クロマトグラム
図-2 鹿児島県産ヤマコンニャクのAIR構成糖分析クロマトグラム
図-3粟国島産ヤマコンニャクの熱水抽出多糖の構成分析クロマトグラム
図-4 鹿児島県産ヤマコンニャクの熱水抽出多糖の構成分析クロマトグラム
図-5 熱水抽出多糖(上段)および熱水抽出多糖をアミラーゼ処理したサンプル(下段)のヨウ素デンプン反応
1,4粟国島産ヤマコンニャク、2,5鹿児島県産ヤマコンニャク、3,6和玉(日本在来コンニャク)
表−1 各根茎の構成糖分析(重量%)
図-6 粟国島産ヤマコンニャクの熱水抽出多糖アミラーゼ処理後の構成糖分析クロマトグラム
図-7 鹿児島県産ヤマコンニャクの熱水抽出多糖アミラーゼ処理後の構成糖分析クロマトグラム
図-8 和玉(日本在来コンニャク)の熱水抽出多糖アミラーゼ処理後の構成糖分析クロマトグラム
参考文献
1)大橋広好・門田裕一・木原浩・邑田仁・米倉浩司(編)(2015)改訂新版 日本の野生植物1 ソテツ科~カヤツリグサ科,株式会社平凡社,92-93
2)沖縄県文化環境部自然保護課(2006)改訂・沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物(菌類編・植物編),212-213
3)古琉球紅型浦添型研究所(2017)ほこらしや浦添型 沖縄染色・紅型のルーツを求めて,ボーダーインク
4)伊佐川洋子(2011)紅型の祖形と言われる浦添型(蒟蒻型)の調査研究・復元・復興 事業報告書,古琉球紅型 浦添型研究所
*1植物研究室 *2古琉球紅型浦添型研究所 *3琉球大学農学部
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