亜熱帯性植物の調査研究
遠藤達矢*1・高良亮*2・篠原礼乃*1
本事業では、沖縄県で栽培されているか、もしくは栽培可能と思われる野菜・薬草(ハーブ)・果樹を研究対象とする。人間の生活や健康に役立つことが期待される植物を有用植物と定義し、それらの沖縄での栽培方法と含有する機能性分子の研究を行う。最終的には、特産品の開発などを通じて、沖縄の産業振興に寄与することが本事業の目的である。
本事業は、以下の4段階から構成される。
85種類の野菜・ハーブ・果実を栽培した。播種は、タキイ種苗のセル培土TM-2を敷き詰めた50穴・100穴・または200穴のセルトレイで行った。セル内に根が回ったのち、3寸または4寸ポットに鉢上げした。生長にしたがって、適宜鉢増しをした。挿し木は、茎を15 cm程度に切り、鹿沼土微粒と赤玉土小粒を等量混合し、それを敷き詰めたトレイで行った。根が伸長し、生長した個体を3寸ポットに鉢上げした。生長にしたがって、適宜鉢増しをした。潅水は、朝夕の2回行った。
有用植物の選抜のために、各種文献調査・聞き取り調査・味・香りから選抜する方針を立てた。しかしながら、県内の道の駅での調査や、研究発表会に参加し、多くの植物はすでに市場に出回るか、研究機関の研究の対象となっていた。 その中で、本事業の対象に選抜した植物の一つにモロコシソウLysimachia sikokianaがある(図1)。モロコシソウは、サクラソウ科オカトラノオ属に分類される多年生植物である。沖縄の方言ではヤマクニブーと呼ばれている。関東以南から小笠原諸島、沖縄に分布する日本の固有種で、低地や山地の林野に自生する。沖縄では石灰岩地帯の林野にみられる。6月頃に高さ50 cmほどの茎に黄色い小花を咲かせ、秋には直径5 mmほどの球形の果実をつける。台湾に分布するコウジモロコシLysimachia ardisioidesは、染色体数と茎の形状の違いからLysimachia sikokianaとは別種であるとの報告が最新の見解である(Kokubugata et al., 2006)。
沖縄県の本部町は、沖縄本島の北部に位置し、モロコシソウの自生地であり産地である。蒸されると香気を発するため、衣服の香りづけや香料として、沖縄では昔から使われてきた。たとえば、琉球王朝時代、女官が衣服や芭蕉布のにおい付けに使っていたとか、若者が遊びに行く際にふところにいれて持ち歩いていたという言い伝えや記述がある。実際に鼻を当ててみると、甘酸っぱさやスパイシーさが混じったような、とてもめずらしい香りがする。また、芳香だけでなく、害虫の防虫・殺虫目的で利用してきた薬効の例もある。しかしながら、モロコシソウに含まれる機能性分子に関する学術的な論文はこれまで1報しか報告されておらず、モロコシソウが含有する芳香成分・防虫成分について、研究はされていない。
モロコシソウの機能性成分を明らかにするため、乾燥させた葉(芳香が少ない)と蒸して乾燥させた葉(芳香が多い)の揮発性成分を固相マイクロ抽出ガスクロマトグラフィー質量分析法(SPME-GC-MS法)によって、および、水蒸気蒸留(図2)によって得られるハーバルウォーターの成分をガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS法)によって分析した。
ハーバルウォーターは、水蒸気蒸留した際の蒸気を冷却し凝縮した液体のことである。これを分析した理由は、モロコシソウを蒸す際の蒸気によって、周囲の害虫が駆除されるという聞き取りを得たためであり、ハーバルウォーターにそういった薬効のある成分が含まれているのではないかと期待したからである。
分析は、うるま市の一般社団法人トロピカルテクノプラスに委託した。その結果、乾燥させた葉からは59成分、蒸して乾燥させた葉からは50成分、ハーバルウォーターからは70成分が検出された。検出された成分の中には、芳香や防虫に寄与することが知られている成分が含まれていた。芳香成分については、標準物質とにおいを嗅ぎ比べすること、防虫効果については、害虫を用いて試験をすることが今後の課題である。
栽培した植物のうち11種類(アニス、島とうがらし、スベリヒユ、台湾産コリアンダー、ツルナ、ツルムラサキ、ニガナ、ヘビウリ、マーシュマロウ、マロウ、メキシカンコリアンダー)を熱帯・亜熱帯植物園と、なごアグリパークの見本園に提供し、成果の一部を地域へ還元した。
最後に、モロコシソウが含む機能性分子について、産業面への展開について記述する。本事業の将来的な産業面での成果としては、まず香料としての利用が考えられる。香料とは、においを放つ分子のうち、人間に快感を与えるものをいう。においを放つ分子は地球上に40万種あるといわれているが、天然香料は約1500種である。世界の香料産業の市場規模は年間およそ2兆円弱とも言われており、近年は毎年約2%の伸びを見せている成長産業である。本事業の進展によって、モロコシソウが放つ香気分子が同定されれば、新たな香水や、芳香剤等の開発につながることが期待される。
Boulogneらは、殺虫活性(insecticidal activity)を持つ植物について過去の文献を調べ、2012年の段階で110科656種あると報告している(Boulogne et al., 2012)。その報告では、シソ科が最も多く28%を占めるが、モロコシソウが属するサクラソウ科は1%未満であり(Boulogne et al., 2012)、サクラソウ科で殺虫活性が示された例は非常に少ない。したがって、モロコシソウにはこれまで知られていない殺虫活性を持つ分子を持つことが期待され、本事業の進展によって新規な植物由来の殺虫剤・防虫剤の開発が期待される。
図-1 モロコシソウLysimachia sikokiana 左図のバーは10 cm、右図のバーは5 cmを示す。
図-2 水蒸気蒸留装置に供されるモロコシソウ ビーカーに溜まるのがハーバルウォーター
本事業を遂行するにあたり、モロコシソウの材料と昔ながらの製造・利用方法を提供いただいた本部町の古堅千枝様、仲本兼市様、仲本康子様、仲本小百合様、本部町役場の皆様に感謝します。また、朝夕の潅水と栽培に関する助言をいただいた植物研究室熱帯植物試験圃場の職員の皆様に感謝します。
*1植物研究室 *2(一社)トロピカルテクノプラス
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