亜熱帯性植物の調査研究
赤井賢成*1
台湾国立自然科学博物館、ソロモン諸島森林省および高知県立牧野植物園は、2012年から「ソロモン諸島植物誌」編纂を目的とした共同研究事業を展開している。植物誌の編纂には、証拠となる標本採集および同定が不可欠である。しかし、現時点ではソロモン諸島において調査が不十分であり、植物誌の編纂にあたって更なる標本の蓄積が求められている。
現行の共同研究契約書(MoA)は2017年6月に満了し、今後、さらに5年間、研究事業期間を更新することが内定している。そこで、当財団では、高知県立牧野植物園に代わって、台湾国立自然科学博物館、ソロモン諸島森林省の調査団が実施する野外調査に同行し、標本情報の蓄積を支援すると共に、有用資源植物の探査および栽培管理についても検討を行うこととした。また、生薬、染料、繊維等の有用資源植物及び現地における植物の利用実態についても調査し、同国における人と植物の関わりについても把握することとした。
本報では、次年度より参画する当該事業の事前調査として、2016年9月から10月にかけてガダルカナル島およびマキラ島で実施した概査の結果を報告する。
植物相調査は過去4年間、主要な島を中心に実施され、約10,000点の標本が採集されている。標本データベースの構築も推し進められているが、その内容を確認したところ、大部分の標本は森林で採集されたものであった。植物相の全容解明には、原生自然が残る場所だけでなく、二次的自然の場所でも実施する必要がある。そこで、当財団では、農地や市街地における外来植物や雑草類を対象に重点を置き、概査を実施することとした。
ガダルカナル島では首都ホニアラ市街地の沿道および農地、また、マキラ島ではキラキラからマンガナ間の沿道、民家、バナナプランテーション、農地、二次林を踏査し、出現種の記録、写真撮影および証拠標本の採集を行った(図-2~7)。証拠標本は原則として各種類について5点以上の重複標本を作成した。
有用資源植物については、ガダルカナル島では首都ホニアラのセントラルマーケット、マキラ島ではキラキラのマーケットにおいて、市場調査(品目・価格等)を行うと共に、集落周辺や敷地内で栽培されている有用資源植物(野菜・フルーツ・ナッツ・花卉等)の品目や栽培状況を調べた(図-8~24)。また、現地や国内の既往文献調査を行うと共に(図-27)、ソロモン諸島の政府関係者、JICA専門家等に栄養面や生産性の優れた有用資源植物について、聞き取りを行った。
ガダルカナル島およびマキラ島で各1回の現地調査を行い、150種類、500点以上の標本を採集した。これらの標本のうち、96種類、319点は、(一財)沖縄美ら島財団植物標本庫(OCF)に収蔵し、残りは台湾チームが持ち帰った。
OCFに収蔵した標本については、現在、国立科学博物館植物研究部陸上植物研究グループ研究主幹の田中伸幸氏と共同で、目録を作成しているところである。また、マキラ島マンガナで採集したアカネ科Leptopetalum属植物(図-25)については、琉球大学熱帯生物圏研究センター西表研究施設准教授の内貴章世氏と分子系統学的研究を行っており、2017年7月に中国深センで開催される国際学会International Botanical Congressで研究成果を発表する。
各島のマーケットで市場調査(品目・価格等)、集落周辺や敷地内で栽培されている有用資源植物(野菜・フルーツ・ナッツ・花卉等)の品目や栽培状況を調査した。それらの結果と現地、国内の既往文献調査(Henderson et al., 1988, French, 2010等)、およびソロモン諸島の政府関係者、JICA専門家等への聞き取りから、栄養面や生産性の優れた有用資源植物を検討した結果、約100種類の研究候補品目が抽出された。
これらの中から、①日本の気候でも栽培可能であること、②日本では未導入の新品目であること、③日本にすでに導入されているが高い糖度や生産性を持つなど日本の品目にはない優れた形質を有していること、④近年ソロモン諸島に国外から持ち込まれた品目ではないこと、⑤法令により日本国内への持ち込みが禁止されていない品目であること、⑥種内に多様な品種・系統を有し将来の育種母材として有望であること、⑦研究分担者や連携研究者が組織培養による苗の増殖技術や栽培技術をすでに有している品目であること、という7項目のいずれかの条件を満たす品目を選定したところ、野菜6種類(トロロアオイ、ウコギ科タイワンモミジ属spp.、ニガウリ、トカドヘチマ、クワレシダ、トウガラシ)、フルーツ2種類(バナナ、パイナップル)、ナッツ3種類(カットナッツ、ナリーナッツ、タイヘイヨウグルミ)、花卉のラン類および現地で害虫の防除等に活用が期待される未利用の有用雑草類が今後、重点的に研究を行う対象としてふさわしいという結論に至った。なお、本概査では、バナナ類、ナッツ類、野菜類など27種類33株の有用資源植物の生株を持ち帰り、熱帯植物試験圃場に導入した。
今後、5年間でソロモン諸島の主要な8島を歴訪し(図-1)、各島の原生自然が残る場所と二次的自然の場所で植物調査を継続的に行う。また、各島のマーケットで市場調査(品目・価格等)を行うと共に、敷地内や集落周辺で栽培されている有用資源植物の品目を把握し、利用方法、栽培法等についても住民に聞き取り調査を行う。花卉のラン類については、概査の結果、多くの集落で栽培種と同所的に生育する近縁の野生種との間で自然交雑の結果生じたと考えられる園芸的付加価値が高い雑種個体を複数系統確認したため(図-26)、ラン科植物については自生種についても精査を行う。各島で見出した有用資源植物は、全品目の全ての品種・系統について供試サンプル(乾燥させた葉や果実、種子や生株等)を日本に持ち帰る。
日本では葉・果実の栄養成分分析、食品機能性評価等を行い、種子や生株等については公益圃場に移植し、系統保存と日本国内への導入に向けた栽培試験を行う。さらに、多品種を含む品目を対象に、品種・系統を正確に判定するために分子マーカーを用いた品種判定技術の構築を行う。加えて、バナナ、パイナップルおよびラン類については、選抜した優良品種・系統を対象に、組織培養によるウイルスフリー化・メリクロン苗の大量増殖技術を構築し、沖縄県の生産者に対して新品目の速やかな普及を図るための応用研究を行う。
本概査を実施するにあたり、ソロモン諸島の植物相に関する文献や現地調査における留意点等をご教授いただいた国立科学博物館植物研究部陸上植物研究グループ研究主幹の田中伸幸氏にお礼を申し上げる。また、聞き取りの際に有益な情報を賜ったJICAホニアラ支所の支所長水谷恭二氏、副支所長三浦慕氏、(公財)海外漁業協力財団の水産専門員藤原俊司氏、南太平洋フォーラム漁業機関のソロモン派遣専門家小松徹氏、また、現地で通訳や標本整理に携わっていただいた青年海外協力隊の三谷寿子氏に心から感謝を申し上げる。さらに、首都ホニアラ滞在時に、多くの便宜を賜ったソロモンキタノメンダナホテルの支配人山縣雅夫氏、飛田野圭氏、秋田絵美氏に深謝申し上げる。
French, B. R. 2010, Food Plants of Solomon Islands. A compendium, Food Plants International, pp.402, Tasmania.
Henderson C. P. and Hancock I. R., 1988, A Guide to the Useful Plants of Solomon Islands, Research Department, Ministry of Agriculture and Lands, pp.481, Honiara.
図-1 調査対象の8島嶼と調査予定年度
図-2 標本採集(マキラ島)
図-3 標本作成(マキラ島)
図-4 標本乾燥(マキラ島)
図-5 ハイニシキソウ(ホニアラ)
図-6 シマニシキソウ(ホニアラ)
図-7 コナギ(ホニアラ)
図-8 マーケット(マキラ島)
図-9 バナナ類、カボチャ等
図-10 バナナ類、芋類等
図-11 トロロアイ、白菜等
図-12 バナナ類、ビンロウ等
図-13 カツオ、マグロなど
図-14 マーケット(ホニアラ)
図-15 ナス類、トマト等
図-16 ウリ類、トマト等
図-17 キャッサバ
図-18 ナッツ類
図-19 トウガラシ類
図-20 ナス類
図-21 様々なババナ品種
図-22 クワレシダ
図-23 パイナップル
図-24 販売されていた花束
図-25 アカネ科Leptopetalum属sp.
図-26 ラン科Dendrobium sp.
図-27 文献調査(ホニアラ)
*1植物研究室
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