亜熱帯性植物の調査研究
阿部篤志*1
本調査は、環境省那覇自然環境事務所事業「平成28年度やんばる地域希少植物生育状況調査業務」の一環で、平成27年度に引き続き、(一財)沖縄美ら島財団総合研究センターが受託した事業である。
沖縄島北部のやんばる地域の固有種であるオキナワセッコクとクニガミトンボソウは、平成 14 年に絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)に基づく国内希少野生動植物種に指定され、採取や譲渡等の規制により保全が図られている。本調査は、両種の生育状況及び自生地の状況等を把握し、それらの結果を踏まえ、両種の保護施策検討のための基礎資料を作成することを目的として実施した。
平成28年11月13日から平成28年3月22日の間に、16回調査を実施した。
調査対象種は、環境省版及び沖縄県版レッドデータブックにおいて絶滅危惧IA類のオキナワセッコク(Dendrobium okinawense Hatusima et Ida)、クニガミトンボソウ(Platanthera sonoharai Masam.)とした。
調査箇所については、平成27年度の当該業務の報告書をもとに選定し、米軍施設内を除く国頭村及び大宜味村においてオキナワセッコクの調査エリアを4箇所(H,I,J,K)、クニガミトンボソウの調査エリアを2箇所(L,M)設定した(A〜Gは平成27年度調査エリア)。尚、両種の希少性に配慮し自生地の地名は控える。
調査方法は、生育状況を把握するために、位置情報(GPSを使用)、地形(目視)、斜面方位(クリノメーターを使用)、着生樹種(目視)、着生樹の樹高(測稈を使用)及び胸高直径(巻き尺を使用)、着生高(測稈を使用)、着生数(目視及び双眼鏡を使用)、開花結実状況(目視)、生育状況写真(デジタルカメラを使用)を記録した。尚、調査時期については、両種を目視で確認しやすい両種の開花・結実期とした。尚、本報で使用する和名及び科名は米倉(2012)に準拠した。
47地点で138個体を確認した。標高は230〜494mの範囲で、斜面中部から下部にかけて多く確認できた。着生樹が生育する斜面の方位は様々であった。最も多くオキナワセッコクの着生が見られた樹種は、ブナ科のイタジイ(23本;樹高8.5〜14.9m,胸高直径24〜132cm)で、ブナ科のオキナワウラジロガシ(6本;樹高10.6〜13.9m, 胸高直径21〜119cm)、ウコギ科のフカノキ(6本;樹高7.7〜13.5m,胸高直径23〜54cm)、マンサク科のイスノキ(5本;樹高9.1〜16.7m,胸高直径32〜68cm)の順で多く、その他エゴノキ(エゴノキ科)、タブノキ(クスノキ科)、ホソバタブノキ(クスノキ科)、アマミヒサカキ(ペンタフィラクス科)、ヒサカキサザンカ(ツバキ科)、モッコク(ペンタフィラクス科)、リュウキュウモチ(モチノキ科)で着生を確認した。
着生高は2.4〜13.5mであった。また、同エリア内の着生植物において、沖縄県で絶滅危惧I類(横田ら 2006)に指定されているヨウラクヒバ(ヒカゲノカズラ科)1地点、リュウキュウヒモラン(ヒカゲノカズラ科)4地点、絶滅危惧II類(横田ら 2006)のオオタニワタリ(チャセンシダ科)20地点以上を確認した(図-1-1-1〜1-1-6)。
図-1-1-1 イタジイに着生するオキナワセッコク(左:イタジイ,右:オキナワセッコク開花株)
図-1-1-2 オキナワウラジロガシに着生するオキナワセッコク(左:オキナワウラジロガシ,右:オキナワセッコク開花株)
図-1-1-3 モッコクに着生するオキナワセッコク(左:モッコク,右:オキナワセッコク開花株)
図-1-1-4 絶滅危惧I類[沖縄県版]の着生シダ(左:ヨウラクヒバ,右:リュウキュウヒモラン)
図-1-1-5 オキナワセッコクが生育する自然林
3地点で8個体を確認した。標高は203〜219mの範囲で、斜面上部から中部にかけて確認できた。生育地の面積は極めて狭く400㎡前後であった。着生樹が生育する斜面の方位は様々であった。着生樹種は、マンサク科のイスノキ(1本;樹高14.6m, 胸高直径31cm)、ブナ科のイタジイ(1本;樹高11.0m,胸高直径73cm)、ツバキ科のイジュ(1本;樹高15.2m,胸高直径71cm)であった。着生高は2.3〜10.5mであった(図-1-2-1〜1-2-3)。
図-1-2-1 イスノキに着生するオキナワセッコク(左:イスノキ,右:オキナワセッコク開花株)
図-1-2-2 イジュに着生するオキナワセッコク(左:イジュ,右:オキナワセッコク)
図-1-2-3 オキナワセッコクが生育する自然林
オキナワセッコクを確認することができなかった。林分を構成する亜高木層及び高木層は、胸高直径10cmから30cm前後の若齢木が大半を占めており、オキナワセッコクが着生していそうなオキナワウラジロガシやイタジイ等の大径木は、著しく少なく点在する程度であった。これらのことより、本エリアは、かつては原生的な天然林でオキナワセッコクが生育できるような環境であったと思われるが、ある時期を境にイタジイやオキナワウラジロガシ等の大径木が繰り返し伐採され新炭材等として利用されていたことが示唆され、現在では比較的若齢な二次的天然林に変遷したことが考えられる(図-1-3-1)。
オキナワセッコクを確認することができなかった。林分は、イタジイ林(胸高直径20cmから30cm前後の若齢木)、アカギ林、エゴノキ林等で主に構成されており、オキナワセッコクが着生していそうなオキナワウラジロガシ等の大径木は、著しく少なく点在する程度であった。これらのことより、本エリアは、かつては原生的な天然林でオキナワセッコクが生育できるような環境であったと思われるが、ある時期を境にアカギやエゴノキの造林地となり、イタジイやオキナワウラジロガシ等の大径木が繰り返し伐採され新炭材等として利用されていたことが示唆され、現在では比較的若齢な二次的天然林に変遷したことが考えられる(図-1-4-1〜1-4-3)。
図-1-4-1 イタジイの若齢林
図-1-4-2 アカギ林
図-1-4-3 エゴノキ林
クニガミトンボソウを確認することができなかった。渓流植物(洪水時に水に浸かる渓流沿いに限って生育する植物[横田 1997])は2種(クニガミサンショウヅル、サイゴクホングウシダ)出現した(図-2-1-1〜2-1-3)。
図-2-1-1 渓流帯の環境
図-2-1-2 渓流植物のサイゴクホングウシダ
図-2-1-3 渓流植物のクニガミサンショウヅル
クニガミトンボソウを確認することができなかった。渓流植物は5種(クニガミサンショウヅル、ヒメタムラソウ、オキナワヒメナキリ、ヒメタカノハウラボシ、サイゴクホングウシダ)出現した(図-2-2-1〜2-2-4)
図-2-2-1 渓流帯の環境
図-2-2-2 渓流植物のヒメタムラソウ
図-2-2-3 渓流植物のオキナワヒメナキリ
図-2-2-4 渓流植物のヒメタカノハウラボシ
今回の調査の結果、及び平成27年度当該業務の結果より、オキナワセッコクが出現する生育立地は、その大部分が標高250〜450m前後で雲霧のかかりやすい場所あったこと、斜面中部や谷間の平地、鞍部であったこと、自生地周囲の林分において幹枯れや枝枯れした樹木、枯木、及び伐木が少なく、倒木によるギャップの少ない林冠が閉じた比較的安定した環境であった。よって、本種の生育立地は、空中湿度が高い状態が保たれ、気温が山麓や低地に比べ低い場所、季節風や台風等の影響を受けにくい場所であることが見受けられた。
生育環境においては、全調査エリアにおいて共通し、樹高が8m〜15m前後、胸高直径が30cm〜100cm前後の比較的大きなサイズの老齢木が生育する自然林であり、かつ、沖縄島北部亜熱帯照葉樹林を構成する主要な樹木(イタジイ、オキナワウラジロガシ、イスノキ、フカノキ、イジュ等)が着生樹であった。着生する位置は、地上から着生樹の樹高の1/2〜2/3の高さに多く見られたことから、オキナワセッコクは直射日光や直接的な強風などを好まない傾向が見られた。
以上のことより、オキナワセッコクの保護にあたっては、標高が250m〜450m前後の雲霧がかかりやすい山地の斜面中部や谷間の平地、鞍部といった生育立地だけでなく、その周辺の森林においても、自然林(特に沖縄島北部亜熱帯照葉樹林を構成する主要な樹木)の伐採を極力抑え、生育地の保護を図ることが重要である。
また、今回の調査結果、Hエリアで多くの集団及び個体が確認できたことから、遺伝的多様性が高い可能性があり、環境が変化した場合でも、その変化に適応して生存するための遺伝子が種内にあることが考えられる。一方で、Iエリアでは、極めて狭い範囲で1集団10個体未満しか確認できなかったことから、同集団おいては遺伝的多様性が低い可能性があり、環境の変化に適応できずに消失を招くおそれがあることが懸念される。今後は、ゲノム解析の結果等を踏まえ、必要に応じて集団毎の生息域外保全や野生復帰など検討が求められる。
今回の調査の結果、かつて自生していた集団のほとんどが人為的及び自然撹乱等の影響で消失した可能性が高いと考えられる。平成27年度当該業務の結果のとおり、クニガミトンボソウの保護にあたっては、標高が100m〜150m前後の河川の中流域だけでなく、上流や下流も含め河川全域において自然林の伐採及び開発を極力抑え、生育地の保護を図ることが重要である。さらに、平成27年度及び28年度当該業務での調査の結果、本種が確認されたのは5河川のうち1河川のみで、その河川の2集団は極めて重要な集団であり、かつゲノム解析の結果等を反映させ、必要に応じて生息域外保全や野生復帰など検討が求められる。
本調査にご協力、ご指導いただいた、横田昌嗣氏(琉球大学理学部 教授)、熊井健氏に深く感謝を申し上げます。
*1植物研究室
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