海洋生物の調査研究
野津了*1 冨田武照*1 佐藤圭一*1
近年、野生からの生物導入の制限や動物倫理の機運の高まりによって、動物園水族館における飼育動物の入手が困難となっている。財団においては、大型板鰓類等の国際的保護対象種を今後とも継続的に飼育展示するため、飼育下繁殖を積極的に実施すると同時に、飼育下での学術研究を促進し、積極的な成果の公表と他機関との連携強化を図る必要がある。そこで、ジンベエザメやマンタを始めとする大型板鰓類の繁殖生理学的研究について、最新の技術を導入し世界の水族館の指導的立場を構築すべく、積極的に調査研究事業を展開している。
オオテンジクザメ Nebrius ferrugineus は卵食型の胎生種であり、胎仔は子宮内で母体の卵巣から供給される栄養卵(未受精卵)を摂取する特徴的な繁殖様式を示す。母体は妊娠中においても排卵し未受精卵を供給していることから特異的な内分泌制御機構の存在が予想されるが、その知見は皆無である。沖縄美ら海水族館では本種の飼育下繁殖に成功しており、本年度にも2 個体が妊娠していることを確認した。そこで本年度は、沖縄美ら海水族館で飼育されているオオテンジクザメ(妊娠/非妊娠個体)の性ホルモンの周年変動を調べ、卵食型の生殖内分泌機構の解明に向けた基盤情報を収集することを目的に雌オオテンジクザメ8 個体に対し、2016 年1 月から2016 年12 月まで月に一度採血を実施した。採血と同時に超音波画像診断装置を生殖器官の画像を取得し、妊娠診断等の生殖状態の判別を行った。超音波画像診断により、7 月および8 月にそれぞれ1 個体が妊娠していることを確認した。妊娠した 2 個体における雄性ホルモンおよび雌性ホルモン濃度は5 月から6 月にかけて上昇傾向を示し、その後7月から9 月にかけて低下した。非妊娠であった6 個体のうち4 個体の雄性ホルモンおよび雌性ホルモン 濃度は周年を通して低い値で推移していた。一方、残りの2 個体の両ホルモン濃度は個体によって変動パターンが異なっていた。これらの結果から、妊娠時において、性ホルモンが特異的な変動パターンを示す可能性が示唆された。また、非妊娠個体においても生殖状態が異なっている可能性が考えられた。
オオテンジクザメはジンベエザメとは繁殖様式が異なるものの、ジンベエザメと近縁種であり、本研究によって得られた基礎的情報の蓄積が、今後のジンベエザメ繁殖生理機構の理解に向けても重要になると考えられる。
ホホジロザメは、世界で最も有名なサメであるが、その繁殖様式や、胎仔の初期発生はいまだ未知の部分が多い。我々は、過去20年間に沖縄海域で混獲された妊娠ホホジロザメを詳しく調査し、ホホジロザメの胎仔の歯の発生過程を世界で初めて明らかにした。その結果、ホホジロザメの胎仔は、出生前の発生初期(体長45㎝)の段階で機能歯を持っていることが分かった。この機能歯は親の歯と形が大きく異なり、「乳歯」とも言える胎仔特有のものである。ホホジロザメが属するネズミザメ類の胎仔は、出生前に無精卵を食べて成長することが知られており、ホホジロザメ胎仔の機能歯は、この無精卵を効率よく食べるための適応であると考えられる。さらに、発生中期(体長80㎝)の胎仔の顎には、「乳歯」と「大人の歯」が両方見られ、この時期に「乳歯」から「大人の歯」への生え変わりが起こっていることが分かった。この発見は、これまで全く未知であったホホジロザメの初期発生の過程を解明するだけでなく、サメ類の繁殖様式の多様性を理解する上で基礎的な知見となるものである。
サメ類は多くが胎生であるにも関わらず、胎盤や臍の緒を形成しないため、胎仔は子宮と直接の連絡を持たない。そのため、子宮内の胎仔がどのようなメカニズムで親から酸素供給を受けているのか全く不明である。我々は、以前ツノザメの子宮を物理学的に解析することで、子宮の酸素供給能力を推定した。その結果、子宮の酸素供給能力は胎仔の酸素必要量の3割に満たないことが分かった。ツノザメは子宮内に海水を取り入れていることが知られており、この海水が胎仔にとって主な酸素供給源となっている可能性が示唆された。さらに、我々はホホジロザメの子宮について同様の解析を行った。その結果、子宮の単位面積当たりで比べた場合、ホホジロザメの子宮はツノザメの子宮の数百倍の酸素供給能力を有することが明らかとなった。この結果から、ホホジロザメはツノザメと異なり、子宮から供給される酸素のみで胎仔を維持している可能性が高いと考えられる。サメ類の子宮内酸素の供給メカニズムは、我々が想定してきた以上に多様である可能性があり、今後のさらなる調査が必要である。本研究は、水族館における早産個体や摘出胎仔の哺育技術の確立に必要な基礎データとなるものである。
飼育下における板鰓類の生殖状態の把握および健康を管理する上で生理状態を反映するバイオマーカーの確立が求められている。血液サンプルは非致死的かつ経時的に採取可能であることからバイオマーカーを解析する際に有用だと考えられる。当財団は昨年度に引き続き、外部研究機関と連携し、血液トランスクリプトーム解析法を確立し、血液サンプルにおいて利用できるバイオマーカーの探索を行っている。
昨年度までに、トラフザメの血液サンプルおよび胚胎サンプルを用いてRNA sequencingを行い、リファレンスとなるトランスクリプトーム配列を整備した。本年度は、成熟した雌トラフザメから各季節に採血を行い、RNA sequencingに供した。整備したトランスクリプトーム配列を用いて網羅的遺伝子発現解析を実施したところ繁殖期の前後において有意に発現変動している転写産物を複数見出すことに成功した。今後は、より定量性の高い測定方法を用いて候補遺伝子の妥当性を検証する。
*1動物研究室
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