海洋生物の調査研究
ジンベエザメやマンタ類に代表される大型板鰓類の多くは個体数の減少から世界的な保護対象種とされてきている。種の保存に向けた活動が重要視されてきている中で、そのような活動に必要となる生理・生態・繁殖学的な情報は不足しているのが現状である。そこで当財団では、飼育下における大型板鰓類の研究を積極的に推進することで野外からでは獲得しえない新たな知見の蓄積に努めている。また、そこから得られた成果を活用し飼育動物の健康管理技術や繁殖統御技術を開発することで野生生物の保全に貢献し、持続的な水族館運営に繋げるべく調査研究を展開している。
当財団では、早産胎仔の救命を目的とした、サメ用の人工子宮装置の開発を進めている。昨年度、当財団では独自開発を行なった人工子宮装置に、二尾のヒレタカフジクジラを収容し、出生サイズまでの育成に成功し、その結果を国際学術誌にて公表した。当該技術は、サメの体液を模倣した「人工羊水」の開発、飼育装置内部を低菌状態に保つ強力な濾過システムと人工子宮装置全体を低温に保つ冷却システムを持つ装置の開発によって可能になったものである。本年度、その結果を踏まえ人工子宮装置を新たに一基増設し、水族館「サメ博士の部屋」における展示を開始した(写真-1、2)。
昨年度の課題として人工出産後の海水馴致が挙げられる。人工羊水中で飼育していた胎仔を出産させる場合、海水への馴致が欠かせないが、この環境変化が胎仔にとって大きな負担となる。この問題を解決するため、本年度はより出産時に胎仔への負担を軽減するための、新たな馴致計画に基づき胎仔の飼育を行なっている。本実験を継続することにより、より成功率の高い海水馴致法の確立が望まれる。
本研究は、水族館における繁殖技術の開発として重要であるのみならず、野外の希少種保全を目的とした人工繁殖技術として有用なものであり、今後も研究を継続していく予定である。
胎生板鰓類の胎仔育成方法は非常に多様であることが知られているが、その生理学的なメカニズムは未だ不明な部分が多い。中でも、特殊な胎仔育成方法として知られているのが、サメ類ではホホジロザメだけで知られている「子宮ミルク」である。胎仔は妊娠中、子宮表面から供給される脂質に富んだ液体を摂取することで成長すると考えられており、哺乳類の授乳に似た現象として紹介されてきた。ところが、この子宮ミルクの細胞レベルでの分泌メカニズムを哺乳類のミルク分泌と比較した研究はほとんど行われてこなかった。
今回、我々は2012年に混獲されたホホジロザメの妊娠個体の子宮を光学顕微鏡および透過型電子顕微鏡を用いて再調査し、そのミルク分泌機構を解析した。その結果、ホホジロザメの子宮表面では以下のプロセスでミルクが分泌されていることが明らかとなった(図-1)。
(1)子宮表面の分泌細胞に脂質が蓄えられる。
(2)分泌細胞が破裂することによって、蓄えられた脂質が、子宮内に放出される。分泌細胞は死亡する。
(3)新しい分泌細胞が、死亡した細胞を置き換える。
この仕組みは、哺乳類の皮脂腺に類似しており、アポクリン分泌によってミルクが供給される哺乳類の乳腺細胞とは異なることが明らかとなった。
本研究は、板鰓類の胎生メカニズムの多様性を明らかにする上で重要であるのみならず、人工子宮開発においても重要な基礎データとなるものである。
ジンベエザメはプランクトン食者として知られており、その摂餌行動は水族館での行動展示としても人気がある。中でも、垂直摂餌と呼ばれる行動は、ジンベエザメ独自のものと考えられており、頭部を水面に向けて体を垂直に保った状態で、水面の小さい餌を吸引して食べる方法である。
この垂直摂餌の一つの謎が、摂餌中に尾鰭の動きが完全に止まるのにかかわらず、水より密度の大きい体がなぜ沈まないのかと言うことが挙げられる。これに対して、我々は吸引によって水面から口腔内に取り込んだ空気によって、体が浮いているのではないかいう仮説を立て、その検証を行なった。
ジンベエザメの正確な浮力を計算するために、二面写真に基づく精度の高い体積推定法を開発し、水槽内のジンベエザメの体積を計算した。この推定値をもとに、ジンベエザメの体を浮かせるのに必要な空気量を計算した結果、口腔内の一部が空気で満たされるだけで、ジンベエザメは水に浮かぶことができることが分かった。
この結果は、ジンベエザメが垂直摂餌中に浮力を用いてエネルギーを節約している可能性を示唆しており、ジンベエザメの摂餌行動のメカニズムについて重要な示唆を与えるものである。
ジンベエザメによる繁殖行動を詳細に記録し分析することは、飼育下および野外のいずれの環境においても難しい。当館の雄ジンベエザメ(2021年現在、全長8.8m)は2012年(8.5m)に形態および生理学的に成熟したことが報告されており、繁殖行動を捉えることができる貴重な個体である。当該個体はこれら身体的な性成熟と同時に、両方のクラスパーを交差し、体を内転させる行動(一般に雄の板鰓類で確認されている繁殖動作に類似)を開始した。
この行動の頻度を定量的に分析するため、2014年以降、午前・午後の2回/日で定点観測を実施している。これまでの結果、5~7月の初夏に最も多く観察され、12~2月の冬季にも確認されることから、テストステロンの血中濃度が増加する時期ともおおよそ一致していることが確認できている(図-2)。
これらの知見は、本種の繁殖時期や周期を解明する上で重要であることに加え、世界中で機運の高まる保全に資する基礎データを提供する。
研究課題に基づく調査研究は順調に進行していると思われる。とくに人工繁殖技術の開発努力は具体的な成果につながっており高く評価される(村田顧問:日本大学教授)。
*1動物研究室 *2参与 *3動物健康管理室
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