1. 3)資料収集・修繕事業
沖縄美ら島財団総合研究所

琉球文化の調査研究

3)資料収集・修繕事業

幸喜 淳*1・安里成哉*1・鶴田 大*1

1.はじめに

写真-1
写真-1 闘鶏図(闘鶏はなたれ之図):
首里王府の絵師・慎思九(1767~1844)が1840年代頃に
描いたとされる。表具の裂は、王国時代のものではないが、
美術史家・鎌倉芳太郎が大正年間に調査した時のものと判明した。

本事業は、当財団所蔵の「闘鶏図(闘鶏はなたれ之図)」(以下、本資料という)の修繕事業である。財団には琉球王国時代の「闘鶏図」が本資料を含めて3点あり、三幅対として同一の桐箱に収納されてきた。3点とも経年の劣化損傷が著しく、早期の修繕が必要であったため今年度から3カ年事業として「闘鶏図」3点の修繕事業が開始された。本資料の修繕はその第一回である。修繕に当たっては掛軸の解体を伴うため、科学調査も同時に実施することとした。
今回の解体修理・科学調査および関連調査により新たな知見も得られた。「闘鶏図」3点は元々は別々の作品であること、表装裂は当初のものではないが大正年間のいわゆる「鎌倉芳太郎調査」の頃のものであることなどである。こうした知見は本資料の修繕と共に今後の展示等にも有効なものとなる。

2.解体修理と科学調査

1)解体修理および関連調査
写真-2
写真-2 本資料の状態を点検中の関地氏(墨仙堂)
写真-3
写真-3 解体修理を行ない仮貼り中の本資料

写真-4
写真-4 蛍光X線調査の様子

解体修理は表具店・墨仙堂(京都市)が担当した。墨仙堂は長年、文化財修理に携わっており、修繕技術の確かさのみならず、解体の際に明らかになる書画資料のデータ解析にも定評がある。解体により明らかになったのは、これまでに二回以上、表装裂を改めていること、破損部分の修繕も二回以上、実施されていることなどである。
表装裂については本資料の制作当時のものでないことが明らかになったため、本図の内容にややそぐわない文人表具(袋明朝表具)の形式を改めることも検討したが、「鎌倉芳太郎資料」(沖縄県立芸大所蔵)の大正13年撮影の写真乾板を調査したところ、当時すでに現在の表装裂・表装形式であったことが明らかになった。このため歴史性を重視し、元表装の裂地・形式を用いることとした。
また関連の画風調査・文献調査等において、本資料は首里王府の絵師・慎思九(泉川寛英 1767~1844)による作品であり、残る2点は毛長禧(佐渡山安健 1806~1865年)による作品であることがほぼ確認された。さらに毛長禧による2点も画面の大きさが異なり、構図的にも元々同じ大きさの画面だったことは考えづらいことから、当財団所蔵「闘鶏図」3点は元々は別々の作品だったことがほぼ明らかになった。作品名については、本資料にかつて「闘鶏はなたれ之図」という墨書が軸留め部分があったことから鎌倉芳太郎が「闘鶏図(闘鶏はなたれ之図)」と名付けたことが確認された(※墨書は裏打紙の取り換えのためか現存しない)。残る2点のうち1点については画面内の画賛により闘鶏の名前が「花房」であることから作品名を「闘鶏図(闘鶏花房之図)」と鎌倉が命名したこと、残る1点については毛長禧の家譜にある「早房御鶏一枚」がこれに当たるとの推定により 「闘鶏図(闘鶏早房之図)」という命名が鎌倉によりなされたことが判明した。
本資料の修繕は全面的な解体修理を実施した。本紙については汚れの除去・損傷箇所への補修・補彩を実施。折れの箇所には折れ伏せ紙を入れた。裏打ち紙は薄美濃の楮紙(肌裏)・美栖紙(増裏・中裏)・宇陀紙(総裏)を新たに打ち直し、四層の裏打ちを施した。また従来の表装裂により隠れていた描写部分もみえるように裂の付け廻しを修正した。
表装裂は先述の通り、歴史性を重んじ、元表装の裂を用い、裂地を整えつつ本紙同様に四層の裏打ちを施した。
また将来的な損傷を最小限に抑えるために太巻添軸を誂え、掛軸を太めに巻くようにした。桐箱については従来の三幅対一箱を改め、1点ごとに一箱とした。これは3点が元々独立した作品であると判明したためでもあり、また1点ごとに展示・貸し出しを行う便宜等、保管上の利点を考えたためでもある。

2)科学調査

本図の色材については蛍光X線調査(仲政明氏 嵯峨美術大学)・分光色材調査(佐々木良子氏 京都工芸繊維大学)を実施し、本紙料紙については繊維組成試験(高知県立紙産業技術センター)を、また表装裂については繊維鑑別及び染料部属判定試験(京都市産業技術研究所)を実施した。
本図の色材調査についての詳細な分析結果はとりまとめ中であるが、白色部分の複数箇所から鉛白が検出されるなど琉球王国時代の絵画の特色がうかがえる。
本紙料紙の試験では、青檀繊維・稲藁繊維の混合と判明。素材に合わせた補修・補紙作業を行った。表装裂の試験では経糸が絹、緯糸が木綿と判明。また藍色は直接染料によるものであり20世紀初頭以降の裂であること、つまり作品制作当時のものでないことが確認された。

3.まとめ

本年度の修繕業務により本資料が十全に修復され、安心して展示ができるようになった。また解体修理を機に実施された様々な調査により、本資料についての知見は飛躍的に高まった。こうした情報は展示業務の際の企画・キャプションにも有効に活用されることが期待される。
次年度以降は2点目の闘鶏図の修繕業務が進められる。今年度の解体修理・各種調査の結果から「闘鶏図」3点の修繕方針の大筋は定まった。次年度以降も調査による知見を深め、「闘鶏図」の絵画史的な位置づけや美術作品としての魅力を把握し、展示業務に活かせるよう、業務を進めていきたい。

4.外部評価委員会コメント

美術工芸品の修理・復元プロジェクトに寄与する財団の役割を発揮する事業である。(高良顧問:琉球大学名誉教授)。


*1琉球文化財研究室

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