1. 5)大型板鰓類の生理・生態・繁殖に関する調査研究
沖縄美ら島財団総合研究所

海洋生物の調査研究

5)大型板鰓類の生理・生態・繁殖に関する調査研究

冨田武照1・戸田 実2・村雲清美3・野津 了1・松本瑠偉1・佐藤圭一1

1.はじめに

ジンベエザメやマンタ類に代表される大型板鰓類の多くは個体数の減少から世界的な保護対象種とされてきている。種の保存に向けた活動が重要視されてきている中で、そのような活動に必要となる生理・生態・繁殖学的な情報は不足しているのが現状である。そこで当財団では、飼育下における大型板鰓類の研究を積極的に推進することで野外からでは獲得しえない新たな知見の蓄積に努めている。また、そこから得られた成果を活用し飼育動物の健康管理技術や繁殖統御技術を開発することで野生生物の保全に貢献し、持続的な水族館運営に繋げるべく調査研究を展開している。

2.板鰓類の人工子宮の開発

当財団では、板鰓類の飼育下における早産胎仔の育成を人為的にサポートすることを念頭においた、人工子宮の制作を進めている。本年度は試作機の製作ととともに、飼育水を改良することで、ヒレタカフジクラの胎仔(全長約10センチメートル)を、人工子宮装置にて、146日間にわたり人為的に育成し、出産させることに成功した(写真-1、2)。
本種は深海性である上、これまで長期飼育の記録が存在せず、繁殖学的情報は限定されていた。本種の繁殖様式が、6個体程の仔ザメを妊娠する胎生種であるという報告はあるものの、子宮内での栄養や酸素供給などのメカニズムは不明であった。今回の長期飼育の成功により、本種が卵黄依存型の胎生であることが強く示唆された。
今後、本装置をさらに改良・利用しながら、様々な希少サメ類の繁殖生態の解明に貢献するとともに、早産したサメを救うことで、種の保全に繋げていく。

3.ナンヨウマンタの第3世代繁殖の試み

ナンヨウマンタはオニイトマキエイと並び世界最大級のエイ類である。沖縄美ら海水族館では本種の長期飼育に成功し、2007年には世界初となるナンヨウマンタの槽内繁殖に成功している。その後も繁殖に成功し、2008年に誕生したオス個体は現在性成熟に達していることを確認している。加えて、2010年にはメス個体が誕生しており、体盤幅などの外部形態から性成熟に達していると推定している。現在、これら繁殖個体を用いた世界初となるナンヨウマンタの第3世代の繁殖を目指している。
本年度は、雌雄2個体の同居飼育を行い、繁殖行動と超音波画像診断装置(エコー)による卵巣と子宮のモニタリングを実施した。同居後には交尾の指標となる交接痕が確認された。交接痕の確認以降、エコーを用いて子宮の観察を行ったが(写真-3)、子宮内に胚発生の特徴等は認められず繁殖には至らなかった。今回得られたモニタリング内容は今後の繁殖に向けた飼育環境調整に活用する。

4.ジンベエザメの眼の防御機構に関する研究

動物の眼は、効率良く光を受け取る必要性から、体の表面に位置している。そのため、常に外界からの危険にさらされている器官である。陸上脊椎動物の多くは、薄い皮膚(瞼)で表面を覆うことで眼球を保護している。一方、サメの仲間では、眼を裏返す(ホホジロザメ)、眼球を引き込む(カグラザメ)、陸上動物のように瞼で眼を覆う(メジロザメ類)などの仕組みが知られている。しかしながら、ジンベエザメを含む多くの種類では、その仕組みは未解明なままとなっている。
本研究ではマイクロCT(高解像度X線断層診断装置)を用いたジンベエザメの眼球標本の観察から、白眼の表面が鱗で覆われていることを明らかにした。さらに詳細に観察した結果、眼の鱗は体表の鱗と形状が異なり、厚みがあるなど「摩耗に対して強い」形状をしていることが明らかとなった。眼の表面に鱗を持つ脊椎動物は知られておらず、今回が初めての報告となる。
さらに、沖縄美ら海水族館とジョージア水族館の飼育個体を観察した結果、ジンベエザメが眼を強く眼窩に引き込む能力を有することが明らかとなった。加えて、エコーで詳細に観察すると、眼の移動距離は、眼球の直径の約半分に達することも明らかとなった。サメが眼を引き込む事例は、少数の種類で過去に報告されているが、ジンベエザメでの確認は今回が初めてとなる。
これまでジンベエザメは視覚にあまり頼らないと考えられてきた。一方で、ジンベエザメは近距離の把握に視覚が重要な役割を果たしているとする説も近年唱えられている。本研究は、ジンベエザメが眼を厳重に保護していることを示しており、ジンベエザメにとって視覚が重要とする近年の説を支持する結果である。なお、本研究は、沖縄美ら海水族館と沖縄科学技術大学院大学、ジョージア水族館との共同研究として行われた。

5.板鰓類血液サンプルを利用した新規分子バイオマーカーの探索

板鰓類の飼育下繁殖の効率化には個体の生殖状態を把握することが重要であるが、これまで蓄積されてきた哺乳類や硬骨魚類の知識を利用しただけでは正確な判定が難しい場合が認められている。そのため板鰓類の生殖生理状態を反映した新規のバイオマーカーの必要性を感じている。血液は非致死的かつ経時的に採取可能であることから、バイオマーカーのモニタリングに有用だと考えられる。当財団では、板鰓類の血液サンプルにおいて利用できる新規分子バイオマーカーの探索および確立を目指し研究を継続している。
昨年度までに、トラフザメ成熟メスの血液中で発現している遺伝子を網羅的に解析し、産卵期に有意に高発現している遺伝子を複数特定、そのうち4種がトラフザメにおいて産卵期を推定する新規の分子マーカー候補として抽出された。本年度は、トラフザメの未成熟メスと比較して成熟メスで高発現を示す遺伝子を見出すことができた。これまで外形的には性成熟の判別が困難とされてきたメス個体に対して、新たな判別指標になることが期待される。

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    写真-1人工子宮内のヒレタカフジクジラの胎仔
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    写真-2人工出産時の作業の様子
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    写真-3メスナンヨウマンタ生殖器官のエコー画像
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    写真-4ジンベエザメの眼の拡大写真(左)と、
    眼を保護する鱗のマイクロ CT 画像(右)

6.外部評価委員会コメント

人工子宮の開発は世界初のことでもあり、将来的にもこの分野で世界をリードする研究が継続されることを期待する。(仲谷顧問:北海道大学名誉教授)


1動物研究室 2水族館事業部 魚類課 3動物健康管理室

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