普及啓発の取り組み
本業務は組踊上演300周年記念事業の一環として実施した展覧会「THE KUMIODORI 300 -組踊展-」の展示業務である。沖縄県が発足した組踊上演300周年記念事業実行委員会との連携で業務は進められた。もとより組踊は首里城で初演された伝統芸能であり、財団の多年にわたる組踊との関わり(調査研究や首里城公園内における上演実施)を活かす好機となった。
展示における課題は「上演」が本来の姿である組踊をどのように展覧会という形でみせるか、そして「敷居が高い」イメージのある組踊が、展覧会として広く人々の関心を呼ぶにはどうしたらよいかということだった。しかし実はそれらの点こそが展覧会の意義でもある。劇場公演では味わえない組踊の魅力を展覧会という形で観客に見てもらうことや、普段は組踊になじみの薄い人々が劇場へ足を運ぶきっかけを作ることが展覧会の大きな目標となった。
以下、展覧会の展示内容と関連事業の様子、その成果・課題について概要を記す。
(展覧会は首里城・沖縄県立博物館・美術館〔以下、おきみゅー〕の2か所で実施されたが、ここでは当研究室が担当した7月11日~8月25日開催のおきみゅー展示について記す。)
展覧会会場を全3章に分けて展示を行なった。第1章「組踊誕生の背景」では、組踊の創始者・玉城朝薫らの文化史的状況の可視化をめざした。組踊の舞台様式や演目にはヤマト文化が取り入れられている。その契機となった琉球使節の江戸参府に関わる多様な資料を展示した。また組踊初演の主賓である徐葆光ら冊封使の関係資料を展示し、組踊誕生の息吹を伝える内容とした。
第2章「村に伝わる組踊」では、首里城で生まれた組踊がすでに王国時代後期から各地に広まり、地域色豊かな展開をみせた様子を、沖縄本島と周辺離島、さらには先島に伝わる組踊資料(舞台道具・衣裳・台本など)によって概観できる内容とした(写真-1)。
第3章「現在(いま)につながる琉球芸能 ― 確立した名優たち」では第二次世界大戦前から戦後にかけて活躍した組踊の名優たちの衣裳や小道具を、エピソードとともに展示した(写真-2,4)。首里王府の公式芸能として生まれた組踊が、近代以降は民間の芸能として厳しい時代を生き続けて、やがて新たな魅力を獲得していく様子を、豊富な資料によって活き活きと浮かび上がるように努めた。
会場内に作った仮設舞台では舞台幕や衣裳の展示を行なったが、初日と最終日には組踊の一節や古典音楽の上演も実施し、会場の展示資料と合わせて組踊の雰囲気を体感できるようにした。また会場出口に広がる展示スペースでは、NHK沖縄放送局による琉球古典芸能の貴重な映像が上映され、展覧会とのリンクが図られた。映像上映は「沖縄の歌と踊り」放送50周年の記念催事でもあり、組踊上演300周年の節目と重なることから本展覧会とのタイアップが実現した。さらにおきみゅーでは沖縄県立芸術大学の学生による琉球芸能公演や県内児童による組踊公演、組踊コスプレ・組踊かるたなどの体験型催事を実施し、来館者・入場者に組踊に親しんでもらう仕掛けを工夫した。 図録には首里城会場とおきみゅー会場の両方の展示品について図版・解説を掲載し、首里城・おきみゅーの展示空間を統合的に把握してもらえるよう努めた(写真-3)。巻末には伝統組踊保存会会長・眞境名正憲氏のインタビューを掲載した。内容は、琉球王国が解体されて以降、民間で生き続けた組踊がやがて国指定重要無形文化財に指定され、さらに国立劇場おきなわの開館に至った経緯であり、当事者による貴重な証言となった。
今回の図録には展覧会記録に留まらず、組踊上演300周年の記念刊行物という意味もあった。このため組踊上演250周年(1969年)に刊行された『劇聖玉城朝薫-組踊上演二百五十年記念誌』(沖縄芸能協会・編)を受け継ぎ、次の記念の年へ向かうための図録という意識を持って作成した。
展示品は沖縄本島北部から多良間島・石垣島までの県内各地及び県外を含む25か所の地域・個人・機関から借用した。その際の資料調査・ヒアリングなどは重要なバックデータとなり、要点については展示・図録に反映させた。
来場した多くの県民には、組踊が身近な地域の芸能(村芝居)に生きており、それが遠く300年前の首里城につながっていることを再認識してもらう機会となったことも大きな成果といえる。県外・国外からの来館者に対しても、能や歌舞伎など隣接芸能との共通点や違いを味わってもらえたようであり、琉球・沖縄の地域性を感じてもらう機会になった。また三線や琉球舞踊などに親しんでいる人であっても、総合舞台芸術である組踊にふれる機会は意外に少なく、こうした人たちにとっても組踊にふれるきっかけとして一定の役割を果たしたようであり、これも成果と言える。
今後の展示業務においては、当該分野の最新の研究成果について精査・検討期間を十分に設け、重要な情報をさらに精確に展示内容に反映できる業務の流れを工夫したい。また首里城公園内の関連催事や普及啓発業務の新たな展開にも活かしていきたい。
入場者数は6,000人を超え、概ね当初の目標を達成できた。小中学生の入場料を無料にしたことで、入場者の23%を占める結果となり、若年層への組踊の普及啓発に貢献できた。外国人観光客も多くみられたため、展示期間中にも英語のキャプションを追加し、展示内容の理解促進を図った。今後の展示において、英語やその他外国語キャプション等を充実させる重要性は再認識すべき課題となった。
また開催期間中には会場内でギャラリートークを実施した。全10回に約90名の参加者がみられた。特に最終回では小学生を対象に壁新聞作りが行なわれ、好評を博した。今後につなげたい。
当初、「演劇の展覧会化」を形にしていく困難さを感じたが、総合舞台芸術である組踊は自ずから展覧会という場においてバラエティ豊かな展示空間として立ち現われてくれた。優美・豪壮な衣裳類や工夫を凝らした舞台道具、その背後にある物語や台本(古写本)は、展示空間に美術的・文学的な広がりを展開しうることが再認識された。
今回の経験を活かし、今後は題材が展示向きか否かという先入見にとらわれず、調査・研究を深めることで展示の新たな可能性が開かれるという認識に立って、より拡がりのある琉球文化の普及啓発へとつなげていきたい。
首里城公園の意義をアピールするものであり、評価できる(高良顧問:琉球大学名誉教授)。
*1琉球文化財研究室
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