普及啓発の取り組み
近年、地球温暖化や生態系保全等の環境問題への対応、沖縄の自然環境や歴史風土を活かした観光及び産業の振興、公園利用の多様化等に対応した公園管理運営等の課題への対応が求められている。当財団では、これらの諸課題に対する調査研究・技術開発並びに普及啓発を拡充・推進し社会の要請に迅速に対応し、地域・社会へ貢献するため、平成20年度より「調査研究・技術開発助成事業」を開始した。
平成27年度に事業名を「沖縄美ら島財団 助成事業」と改め、調査研究・技術開発部門に加えて普及啓発活動部門を設置し、財団の設立目的にかなう調査研究・技術開発及び普及啓発事業を行う個人、団体に対して費用の助成を行っている。
助成対象となる研究分野は、「亜熱帯性動植物」、「海洋文化や首里城等、歴史文化」並びに「公園管理技術の向上」にかかる調査研究等とした。また「普及啓発活動」では、一般への普及啓発を目的とした事業等を助成対象とした。主なテーマは下記の通り。
①亜熱帯性動物に関する調査研究及び技術開発
②亜熱帯性植物に関する調査研究及び技術開発
③沖縄の歴史文化に関する調査研究及び技術開発
④公園の管理運営に関する調査研究及び技術開発
⑤沖縄県における自然環境保全とその適正な利用に関する普及啓発活動
令和元年8月1日から同年10月18日を応募期間とした。本事業は、4月の公募開始を基準としていたが、利用を希望する研究者からの要望を反映し、8月の公募開始へと日程を変更した。期間中に35件(動物系15件、植物系9件、歴史文化系9件、公園管理系0件、普及啓発活動系2件)の応募があった。令和元年11月8日の一次審査、令和2年1月8日の二次審査を経て、7件の事業への助成が決定した。採択事業は調査研究・技術開発部門が6件(亜熱帯性動物に関する事業3件、亜熱帯性植物に関する事業2件、歴史文化に関する事業1件)普及啓発活動部門が1件であった(表-1)。
表-1 平成31年度沖縄美ら島財団助成事業採用一覧
①目的:助成研究者を招聘し成果報告会を実施することで、研究手法・成果の共有、情報交換を行い、今後の調査研究・普及啓発事業の効果的・効率的実施にむけた技術向上を図る、平成31年度は、『両生類・ハ虫類』をテーマとした研究に報告内容を絞ることで、活発な議論の場・機会を提供した。
②開催日:令和元年9月22日(日)
沖縄美ら島財団助成事業成果報告会-沖縄における両生類・ハ虫類の調査研究の成果から-(以下、成果報告会)
③場所:沖縄県立博物館・美術館博物館講座室(那覇市おもろまち1丁目1番1号)
④参加者:55名
平成31年度は、公募日程の変更・公募期間中の成果報告会開催など、事業全体の日程について見直しを行った。その結果、成果報告会に対する一般聴講者からの問い合わせ、助成事業への申請および大学生による申請が複数件見られるなど、反響が得られた。今後も、より良い事業運営を模索するとともに、学生・地域の研究者の方々など、広く地域に開かれた助成事業となるよう、努める。
研究者:しまづ外来魚研究所 嶋津 信彦
(1)助成事業名
南西諸島における陸生・陸水生カメ類の分布変遷
(2)実施内容及び成果
南西諸島における陸生・陸水生カメ類の分布を文献等の記録から整理し、各種の分布全体を把握、記録が不十分な地域と種を明らかにした。また2015年5-10月に43島で採集・目視確認による現地調査も行った。これらの記録と環境データから各種の潜在的生息地を推定した。文献等の記録では、同カメ類は、35島から在来イシガメ科3種を含め3科7種の分布が認められ、在来カメ類の分布域や鹿児島県の島嶼などでは近年の詳細な分布記録が不足していた。現地調査では、31島から延べ2,031個体が確認された。外来カメ類は、各種で初記録の島があり、分布拡大が示唆された。一方で再確認されず、絶滅または定着困難な状態と推定される集団もあった。推定された潜在的生息地は、リュウキュウヤマガメとミナミイシガメの自然分布域におけるイシガメ科外来種の定着を示唆した。これらのカメ類では交雑が認められるため同地域の外来カメ類の防除を優先するべきと考えられた。
(3)今後予想される効果
分布記録の整理は、優先して調査・駆除・保護すべき対象から明らかにすることによって、生物多様性の保全に不可欠といえる。本研究成果は、南西諸島における陸生・陸水生カメ類の分布変遷を整理、潜在的生息地を推定したことにより、在来種では保全、外来種では防除の対策が検討できるようにした。例えば、ミナミイシガメとクサガメでは自然下で交雑している可能性が高く、ミナミイシガメ自然分布域におけるクサガメの持込みを禁止したり、分布拡大が著しいミナミイシガメの島外への持ち出しを制限したりするなどの法整備が必要であることを支持する。天然記念物のミヤコサワガニなどが被害を受けている宮古島ではミナミイシガメの効率的な駆除策の検討に有用な資料となる。また未発表記録の発掘を促すことも期待される。現地踏査中にはほかの陸水生物の分布も記録しており、カメ類と同様に整理することで南西諸島における陸水生物相の現状も把握可能と考えられる。
研究者:琉球大学 教育学部 富永 篤
(1)助成事業名
イボイモリの保全に向けた基礎的生活史と分布の解明
(2)実施内容及び成果
中琉球の遺存固有種であるイボイモリは,その希少性から沖縄県と鹿児島県指定の天然記念物に指定され,さらに2016年3月には種の保存法により国内希少野生動植物にも指定された.今後積極的な保護増殖事業が行われていくことが望まれているが,本種の分布,生息実態,生活史情報は不明な点が多い.例えば沖縄島南部の集団は1977年に分布についての報告があって以来,2000年に再発見されるまで生息状況は一切不明であった.2000年の再発見を契機に生息実態調査が2007-2008年に行われ,近年でも少数ながら本種が沖縄島南部に生息することが明らかとなった.本研究では,本種の保全に向けた基礎データとなる,分布,生息実態,基礎的な生活史に関する情報を収集した.
本種の基礎的な生活史の解明のため,2016年4月から2019年3月まで,月1回から週1回の頻度で,夜間(20:00以降),沖縄県恩納村において,イボイモリの標識再捕獲調査のためのルートセンサス(往復1.6km)を行った.標識個体は合計277個体,再捕獲個体も含めた延べ捕獲個体数は437個体であった.標識には,PITタグを用いた.イボイモリを発見した場合,日時,標識の有無の確認,頭胴長,尾長等の計測,雌雄成熟度の確認,写真撮影,発見場所の記録を行った.再捕獲された85個体分,延べ159回分の再捕獲データについて解析を行い,イボイモリの移動に関する知見を得た.本種の最初の捕獲地点から次の再捕獲時の地点までの距離は概して短く,その距離の平均±標準偏差は18.3±32.7mであった.例外的に,最初の捕獲時から再捕獲時までの間に170-225 mの距離を移動したものが4個体(4回)見られたが,これらはすべて雌であった.他の全ての個体の移動距離は90m以下で,雄の最大移動距離は76mであった.今回の調査は標識再捕獲法によるルートセンサスで得られた結果であるため,今回の結果から正確な行動圏の広さを推定することは難しいが,一般に行動圏が狭く(0.1-90m2),移動距離も小さい(0-120m)ことが知られている他の有尾両生類と同様に,上陸後のイボイモリの行動圏もきわめて狭い事が示唆された.また,長距離移動した個体のすべてが雌であることから,雌のみが繁殖期に繁殖場所への移動にともない,長距離を移動しているのに対し,雄は普段の生活場所周辺のみで繁殖期に雌を探索している可能性が示唆された.
野外での成長については合計44個体分,のべ78回分の再捕獲データのデータから情報が得られた.雄の頭胴長の年間の成長量の平均±標準偏差は0.90±1.92㎜,最小-最大は-1.13-8.69㎜,雌の年間の成長量の平均±標準偏差は1.22±1.69㎜で,最小-最大は0-8.69㎜であり,雌雄間に有意差はなかった. 幼体については2例データを得られ,初捕獲時の頭胴長が48.5㎜あった個体は309日間で17㎜成長しており,年間の成長量は20.1㎜であった.
さらに骨年齢査定法を用いて個体の年齢を推定し,成熟に要する年齢,寿命等の解明を試みた.野外調査で個体を発見した場合,各部を計測後,後肢3指を切除し,99%エタノールで保存した.保存した指の骨から骨切片を作成し,年齢査定を行った.先行研究からおおよそ成熟していると考える頭胴長が60mm以上の個体を成体として扱い,外部形態に基づいて性別を判断した.それ以下の個体は幼体として扱い,性別は判断しなかった.得られた切片の成長停止線(以下LAG)のから年齢を推定し,頭胴長データも用いてベルタランフィの成長式に当てはめ,成長曲線を推定した.幼体のLAGは,1‐2本,雄のLAGは4‐13本,雌のLAGは6‐19本で,本種が成熟までの少なくとも4年弱の時間がかかり,寿命が最大で19年以上であることがわかった.これらの結果から,本種の成熟後の生存率は本来非常に高いことが示唆された.
また本種は先行研究よりもより水場から離れた陸上にも産卵することが明らかとなった.陸上に産卵された卵は,降雨をトリガーとして孵化することが示唆された.また,降雨を待つために通常の有尾類よりも発生が進んだ状態で孵化する事,卵の状態で約半数が乾燥などで死亡することが明らかとなった.本種の幼生は4月ごろ孵化した後,変態完了まで約9週間要していた.
分布域の把握に関しては2014年2月から,沖縄県南部を中心に進めている.調査は過去に情報がある地域の周辺で,森林を踏査もしくは本種を同定可能な人に聞き込みする形で行った.その結果,少なくとも比較的最近(古い証拠で2009年ごろ)まで,沖縄島の南部南城市の7地点に本種が生息することを確認した.ただし,いずれの場所も確認されたのは,1-5個体程度ときわめて少なく,その密度はあまり高くはないと思われる.また,確認地点のうちの一部は,これまでに報告のなかった地域で,現在でも沖縄県南部に,認識されていないイボイモリの生息地があることが明らかになった.また,分布域の調査に環境DNAを調査手法が役立つか検証をした.まずうるま市のイボイモリの生繁殖場所で,本種の幼生の有無とeDNAの検出の有無を比較した.その結果,イボイモリの幼生が水中にいる3,6月にはeDNAが検出されたが,幼生が水中からいなくなった1,2,9月の環境水からはeDNAは検出されず,現在の手法では対象動物が常時水中にいる場合にのみ検出可能であることが明らかとなった.イボイモリについては,分布情報の乏しい沖縄島の中南部でのeDNA検出を試み,個体が水中で確認できる地域での検出は可能であったが,目視不可能なくらい密度の低い地域では,イボイモリのeDNAはほとんど検出できなかった.
(3)今後予想される効果
本調査により,イボイモリの基礎的な生態の一端が明らかとなった.本研究の成果は,個体群の存続可能性分析などの基礎資料として有用で,近い将来こうした分析が可能になると考えられる.本種は鹿児島県と沖縄県の両県で県指定の天然記念物に指定されているほか,環境省の国内希少野生動植物にも指定されており,今後,行政主導で,本種の保護に向けた様々な取り組みが行われると考えられる.今回得られた成果は,本種の保護増殖事業にもいくつかの重要な知見をもたらしていると考えられ,国や地方自治体による本種の保護増殖事業に協力していきたい.また,これらの成果を基盤として,本種の生態,分布に関する更なる調査を進める足掛かりとしたいと考えている.
研究者:NPO法人 日本ウミガメ協議会付属黒島研究所 亀田 和成
(1)助成事業名
アオウミガメ及び餌嗜好性に関するバイオロギング研究
(2)実施内容及び成果
アオウミガメは日本の沿岸域において最も普通に見られるウミガメである。本種は草食性で、過去の研究報告から、特定の海藻及び海草を摂餌する。しかし、個体ごとに餌の嗜好性があるのか、また、どの程度の時間を摂餌行動に費やしているのか、という行動学的な研究報告は少ない。そこで、沖縄県八重山諸島黒島においてアオウミガメの摂餌行動に関する調査を実施した。先ず、満潮時に海藻を摂餌するために回遊してくるアオウミガメを捕獲し、消化管内容物を確認した。その結果、シマテングサ、ミル、トゲノリ、イバラノリの4海藻種を摂餌していた。次に、動物追跡用ビデオカメラを8個体に装着し、そのうち4個体から映像を入手した。2個体は礁池内に滞在し、頻繁に摂餌を行った。ホンダワラとミルが繁茂する場所で、ミルを摂餌していた。また、頻度は少ないが、ホンダワラやカイメンソウをかじったり、浮遊してきた海草の切れ端を摂餌することもあった。さらに、礁池内でミルを摂餌した後、休憩し、リーフの上に移動してシマテングサを摂餌する場面もあった。もう2個体はリーフ外縁に滞在し、摂餌行動はほとんど観察できなかった。これらの結果から、アオウミガメは特定の海藻種を優先的に摂餌するものの、それ以外の海藻種も食べる幅広い食性を持つこと、個体によって一日の行動が大きく異なることが明らかとなった。
(3)今後予想される効果
アオウミガメの個体数は増加傾向にあり、各地で漁業との軋轢や藻場を衰退させる原因となっている。本研究は、摂餌海域においてアオウミガメの行動を詳細に記録したものであり、これらの問題を解決するための基礎的な情報となる。その他の発見として、カメラを装着した実験個体が、他個体と遭遇するシーンが頻繁に観察された。そして、他個体に接近したり、お互いに向き合うような行動を示した。ウミガメの社会性はほとんど知られておらず、将来的に新たな研究につながる可能性が示された。
研究者:東京大学大学院新領域創成科学研究科 山室 真澄
(1)助成事業名
沖縄の陸水底生動物図鑑出版事業
(2)実施内容及び成果
日本陸水学会は2016年11月に沖縄県で大会を開催し、その初日に当たる11月3日に、アクセスのよい沖縄県立博物館・美術館実習室で、非会員の一般市民も無料で参加できる「陸水底生動物同定会」を開催した。同定会では子供達や市民が採取したサンプルの持ち込みを歓迎する旨周知し、身近な河川環境からの材料を通じて市民が地元河川により関心を向けるように努めたところ、米軍基地の子供達を含む93名の参加が得られた。この同定会に合わせて沖縄の河川や湿地に普通に生息する底生動物50種程度を解説した資料を作成し、参加者に無料配布したところ非常に好評であった。
底生動物は湖沼や川、湿地などの環境を反映する指標生物として、本土では環境との関係を解説した子供向けの資料も整えられている。しかし沖縄県の底生動物は本土とは異なり、どのような動物がどのような環境に生息するかは分かっていないだけでなく、動物の種類を同定するのに不可欠な図鑑類も、一般向けには存在しなかった。
そこで学会では同定会に使用した資料を元により鮮明な写真に置き換え、また中学生でも読めるよう難しい漢字にはルビを振った原稿を用意し、東海大学出版部より一般向けに出版した。出版された図鑑は執筆者への無料サンプル100冊に加えて49冊を他予算で購入し、沖縄県内の全公立中学校に1冊ずつ寄贈した。
(3)今後予想される効果
これまで一般に知られる機会がほとんど無かった沖縄の底生動物の図鑑が一般にも入手できる形で出版されたことにより、沖縄県内外の学生が底生動物の研究に着手しやすくなり、この方面の知見が増えることが期待される。また中学校に寄贈した図鑑には沖縄県の底生動物についてはまだ分からないことが多いことを解説し、図鑑で見つけた動物や図鑑には掲載されていなかった動物について、どこで見つけたかなどの情報を著者らに送ってほしいと依頼した文書を同封した。これにより、沖縄県の中学生が身近な水域の自然と動物との関係を観察し、どのような場所にどのような動物が住むかを理解することで、沖縄県の貴重な自然を保全する意識が育まれると期待される。また寄せられた情報を整理することにより、沖縄県の底生動物と環境との関係についての知見が向上することが期待できる。
沖縄という特殊な自然環境における植物の研究は、日本国全体の地球温暖化の植物生態系への影響予測の最先端ともいえる。これらの研究が次世代に引き継がれるよう、InstagramやFacebook、Twitter等のSNSを活用しながらさらなる強化をしてほしい。また、世界遺産「首里城」で火災により、収蔵品の消失等、歴史的・文化的・伝統的価値を形成した資料の保管・研究については、支援強化に期待したい(輿水顧問:(公財)都市緑化機構 理事長)。
*1普及開発課
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