1. 5)大型板鰓類の生理・生態・繁殖に関する調査研究
沖縄美ら島財団総合研究所

海洋生物の調査研究

5)大型板鰓類の生理・生態・繁殖に関する調査研究

村雲清美*1・松本瑠偉*2・野津 了*2・冨田武照*2・佐藤圭一*2

1.はじめに

ジンベエザメやオニイトマキエイ、ナンヨウマンタに代表される大型板鰓類の多くは個体数の減少から世界的な保護対象種とされてきている。現在すでに、種の保存に向けた活動が重要視されてきている中で、そのような活動に必要となる板鰓類の生理・生態・繁殖学的な情報は不足している。そこで当財団では、飼育下における大型板鰓類の研究を積極的に推進することで野外からでは獲得しえない新たな知見の蓄積に努めている。また、そこから得られた成果を活用し飼育動物の健康管理技術や繁殖統御技術を開発することで野生生物の保全に貢献し、持続的な水族館運営に繋げるべく調査研究を展開している。

2.飼育ジンベエザメにおける心拍数と水温の関係に関する研究

写真-1ジンベエザメ心臓のエコー画像取得の様子
写真-1ジンベエザメ心臓のエコー画像取得の様子
写真-2ジンベエザメ心臓のエコー画像
写真-2ジンベエザメ心臓のエコー画像

大規模な回遊を行うことが知られているジンベエザメでは長期的な観察が困難であり、緻密かつ経時的な観察によって得られる生理学的情報の取得例は限られている。沖縄美ら海水族館では23年以上に渡る本種の長期飼育に成功しているものの、今後も安定的な飼育を継続するためには生理学的知見に基づいた健康管理技術の向上が不可欠と考えている。そこで、基礎的な生理学情報取得を目的に、飼育下における本種の心拍数(1分間に心臓が拍動する回数)の計測を試みた。
計測には「水中エコー」を用いて、観察者が腹側から動脈弁のエコー画像を一定時間取得し、画像解析ソフトを使用して心拍数を算出した(写真−1,2)。計測対象個体は沖縄美ら海水族館で飼育されているジンベエザエ雌雄1個体ずつとし、2月、5月、8月および11月の4度計測を実施した。その結果、本種の心拍数は7〜18回/分であり、早朝の心拍数は少なく、急激な動作後に増加することが確認された。また、心拍数には季節的な変動が認められ、水温の影響を受けている可能性が示唆された。本研究はジンベエザメの循環系に関する新たな知見を提示するものであり、今後は本種の健康管理に活用できる指標とするべく他の生理状態との関連を調べていく必要がある。

3.雄オニイトマキエイの性ホルモン変動

写真-3オニイトマキエイの採血の様子
写真-3オニイトマキエイの採血の様子

オニイトマキエイはナンヨウマンタと並び世界最大級のエイ類である。近海に棲息するとされているナンヨウマンタとは異なり、オニイトマキエイは外洋性であり飼育が困難とされてきた。沖縄美ら海水族館では平成30年5月から雄オニイトマキエイの飼育に成功しており(令和2年3月現在継続中)、これまで報告が限られていた本種の繁殖生理学的な知見の蓄積に努めている。
特に、繁殖と密接に関わる性ホルモンの変動を血中レベルで調べた結果、雄性ホルモンが冬季に高く夏季に低くなるという季節変動を示す可能性が示唆された。この変動パターンはこれまで当財団でモニタリングを継続してきた雄ナンヨウマンタのそれとは異なっており、両種の繁殖生態の違いを反映している可能性も考えられた。また魚類では、雄性ホルモンが雄の繁殖行動の発現に関わっている種も知られている。今後本種においてもホルモン濃度の測定とともに行動観察も併せて検証を行い、将来的な本種の繁殖計画の策定に繋げたいと考えている。

4.人工哺育器開発に向けた、酸素消費量測定技術の開発

写真-4板鰓類用人工哺育器の試作機
写真-4板鰓類用人工哺育器の試作機

当財団では、飼育板鰓類の早産胎仔の救命のため、人工哺育器の開発を目指した研究を行っている。その一環として、胎仔の代謝率をモニターする技術の確立にむけ、人工哺育器に搭載することを前提とした、胎仔の酸素消費量の測定を行う装置の開発を行った。この装置は、小型魚類の酸素消費量を測定する既存の装置を応用したものであり、胎仔の環境水の酸素濃度を適正に保ったまま、かつ胎仔に非接触で、酸素消費量を測定できる点で優れている。我々は、この装置に死亡した母胎から摘出されたトンガリサカタザメの胎仔を入れ、酸素消費量がモニターできることを確認した(写真−4)。今後、酸素消費量だけでなく、他の生理学的パラメータのモニターもできる技術開発を行う必要がある。

5.板鰓類血液サンプルを利用した新規分子バイオマーカーの探索

板鰓類の飼育下繁殖の効率化には個体の生殖状態を把握することが重要であるが、これまで蓄積されてきた哺乳類や硬骨魚類の知識を利用しただけでは正確な判定が難しい場合が認められている。そのため板鰓類の生殖生理状態を反映した新規のバイオマーカーの必要性を感じている。血液は非致死的かつ経時的に採取可能であることから、バイオマーカーのモニタリングに有用だと考えられる。当財団では、板鰓類の血液サンプルにおいて利用できる新規分子バイオマーカーの探索および確立を目指し研究を継続している。
昨年度までに、トラフザメ成熟メスの血液中で発現している遺伝子を網羅的に解析し、産卵期に有意に高発現している転写産物を複数特定していた。その後、これらの転写産物についてリアルタイムPCR法を用いてマーカーとしての妥当性を検証した結果、4種がトラフザメにおいて産卵期を推測する新規の分子マーカー候補として抽出された。今年度は、これらのマーカー候補をジンベエザメに応用することを見据え、本種の血液を用いて解析を進めた。その結果、マーカー候補が本種血液中にも存在することおよび、トラフザメの解析条件が利用できることを確認した。今後は様々な生理状態のサンプルを取得し、マーカー候補の動態を調べていく必要がある。

6.外部評価委員会コメント

各課題に確実に成果を上げ、論文として積極的に公開している姿勢が評価できる。水族館を核とした研究分野のパイオニアとして世界を引っ張って欲しい。(仲谷顧問:北海道大学名誉教授)


*1水族館事業部 動物健康管理室 *2動物研究室

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