亜熱帯性植物の調査研究
阿部篤志*1・仲宗根忠樹*2
沖縄県の絶滅危惧植物における分布状況、生育環境等の知見に関し、現状不明の種や未調査の種があること、開発や採集等の人為的な影響、及び植生遷移や自然災害による撹乱等の自然的な影響により絶滅の危惧に瀕している植物に関する調査が不十分であることなど課題が多い。絶滅危惧種の保護・保全のため、ひいてはその種が生育する自然環境(生態系)や原風景の保全策を検討するのは急務である。本調査は、環境省版レッドデータブック2014年度版(以下RDBJと略記する)及び沖縄県版レッドデータブック2006年度版(以下RDBOと略記する)に掲載されている沖縄諸島の絶滅危惧植物を対象に、自生地における分布状況、生育環境、絶滅危機状況の知見を集積し、遺伝資源や自然生態系、生物多様性の保護・保全策の検討ならびに提言、地域連携などの普及活動に資することを目的として平成26年度より実施している。平成27年度は、粟国島及び渡名喜島で調査を行ったので、その結果を報告する。
調査は、粟国島と渡名喜島で、2015年4月18日~19日と7月3日~5日(粟国島:2回)、2015年9月19日~21日(渡名喜島:1回)実施した。既存資料や有識者からのヒアリングで得た情報等を参考に各島を踏査し、RDBJ及びRDBO掲載種が出現した場所、出現種、個体数、生育環境、絶滅危惧状況の記録、生態写真の撮影、標本採集を行った。尚、採集した標本は、沖縄美ら島財団総合研究センターの標本室に納めた。
現地調査によって得られた知見及び既知の知見を種別に記述する。和名、科名、学名、RDBJ及びRDBOでの評価、RDBJ及びRDBOの掲載頁、踏査結果(個体数、生育環境、絶滅危惧状況等)、生態記録写真、学術的価値及び特記事項の順に記述する。
(1)分布上注目すべき絶滅危惧植物
粟国島の分布上特徴的な植物としてヤマゴンニャク、マルバアキグミ、ノグサ、カレンコウアミシダ、ヒメヤブラン等11種が挙げられる(天野,1981)。また、1996年の調査では、ニオウヤブマオが粟国島から初めて発見されている(新里ら,2006)。
今回の調査では、ヤマゴンニャク、ニオウヤブマオ、マルバアキグミの3種について詳しく調査を行った。
① ヤマゴンニャク(サトイモ科)
Amorphophallus hirtus N.E.Brown var.
kiusianus (Makino) M.Hotta
・RDBJ:絶滅危惧II類(567頁)
・RDBO:絶滅危惧IA類(212,213頁)
・踏査結果:海岸近くの1箇所(2地点)において、本種の個体群を確認した。1地点目は、ススキ草原にソテツやツワブキ、クマノギクなどと混生していた。生育立地は日当たり良好で、風当たりが強く、適度に湿った土壌であった。5m×5mの範囲で成株が3個体、幼株が102個体あった。2地点目は、ソテツ低木林内の林床にツワブキやオニヤブソテツなどが生育する斜面で見られた。生育立地は日当たり良好で、風当たりが強く、乾燥した土壌であった。6m×6mの範囲で成株が3個体、幼株が24個体あった。これら自生地全域では、成株が12個体あった。自生地が限られている上、自生地の開発や採集による減少が懸念された。
・分布:四国(高知県)、九州南部、種子島、屋久島、中之島、奄美大島、沖永良部島、粟国島、台湾(新城ら,2006)。
・学術的価値及び特記事項:沖縄県内では粟国島だけに分布し、四国や九州産のものと染色体数や液果の形、大きさを異にするという見解がある(新城ら,2006)。
② ニオウヤブマオ(イラクサ科)
Boehmeria gigantea Satake
・RDBJ:該当なし
・RDBO:絶滅危惧IA類(64頁)
・踏査結果:海岸の1箇所(2地点)において、本種の個体群を確認した。1地点目は、急斜面のテラス状の岩崖で土壌が堆積した窪地にソテツやオニヤブソテツ、シマアザミ、ツワブキなどと混生していた。生育立地は日当たり良好で、風当たりが強く、乾燥した土壌であった。5m×5mの範囲で7個体あった。2地点目は、ソテツの低木林内の林床にツワブキやオニヤブソテツなどが生育する斜面で見られた。生育立地は日当たり良好で、風当たりが強く、乾燥した土壌であった。6m×6mの範囲で2個体あった。これら自生地全域では、約60個体あった。自生地が限られている上、自生地の開発による減少が懸念された。
・分布:本州(山口県)、九州、種子島、屋久島、トカラ列島、奄美大島、徳之島、粟国島(新里ら,2006)。
・学術的価値及び特記事項:粟国島は沖縄県唯一の産地で、分布域の南限地でもある(新里ら,2006)。
③ マルバアキグミ(グミ科)
Elaeagnus umbellata Thunb. var. rotundifolia Makino
・RDBJ:該当なし
・RDBO:絶滅危惧IA類(116,117頁;基本種のアキグミとして記載)
・踏査結果:海岸近く風衝地の1箇所において、本種の個体群を確認した。ハマヒサカキが優占する低木林内にススキやチガヤ、クロイゲ、コゴメスゲなどと混生していた。生育立地は日当たりが良く、適度に湿った土壌であった。7m×7mの範囲で8個体あった。自生地が限られている上、自生地の遷移の進行や傾斜地の崩壊による減少が懸念された。
・分布:本州(宮城県以西)、四国、九州、トカラ列島、粟国島(立石,2016)。
・学術的価値及び特記事項:上記の分布情報(立石,2016)によると、粟国島は沖縄県唯一の産地となる。
④ その他
今回の調査の結果、絶滅危惧植物に指定されている草本において新産記録が1種あった。別の雑誌等で記載報告する。
(2)その他に確認できた絶滅危惧植物[12種]
今回の調査で確認したRDBJ、またはRDBOに掲載されているその他の絶滅危惧種は以下のとおりである。
ノグサ(カヤツリグサ科)、ヒメネズミノオ(イネ科)、ナンゴクネジバナ(ラン科)、ヒメヤブラン(ユリ科)、ヤリテンツキ(カヤツリグサ科)、サイヨウシャジン(キキョウ科)、テンノウメ(バラ科)、カレンコウアミシダ(オシダ科)、コウラボシ(ウラボシ科)、モクビャッコウ(キク科)、イソマツ(イソマツ科)、ハママンネングサ(ベンケイソウ科)。
(3)今回の調査で確認した沖縄県内では自生地
または個体数が少ない普通種[2種]
RDBJ及びRDBOのいずれにも記載されていないが、今回の調査で沖縄県内における自生地または個体数の少ないと思われる種は以下のとおりである。
タチシノブ(タチシノブ科)、シマエンジュ(マメ科)。
(1)分布上注目すべき絶滅危惧植物
渡名喜島の分布上特徴的な植物としてトゲイボタ、リュウキュウチトセカズラ、オキナワマツバボタン、カワラナデシコ、キバナノヒメユリ、タイワンビロードシダ、ヒトツバマメヅタなどが挙げられる(新城,2015)。また、近年ではワタヨモギについては徳島県と沖縄県(渡名喜島)で生育が確認されているだけである(小川,2003)。
今回の調査では、カワラナデシコ、ワタヨモギ、リュウキュウホウライカズラ、タイワンビロードシダ、オキナワマツバボタンの5種について詳しく調査を行った。
① カワラナデシコ(ナデシコ科)
Dianthus superbus L. var. longicalycinus(Maxim.) Williams
・RDBJ:該当なし
・RDBO:絶滅危惧IA類(73頁)
・踏査結果:海岸の草原、山地の林縁、海浜などの4箇所において、本種の個体群を確認した。1箇所目は、海岸斜面上部のキダチハマグルマが優占する草地でボタンボウフウ、ヒゲスゲ、ススキなどが混生していた。生育立地は日当たり良好で、風当たりが強く、乾燥した土壌であった。5m×5mの範囲で10個体あった。2箇所目は、山地の林縁のカラムシ、リュウキュウボタンヅル、キダチハマグルマ、ギンネムなどが混生していた。生育立地は日当たり良好で、風当たりがやや弱く、適度に湿った土壌であった。自生地周辺で約150個体あった。3箇所目は、海岸近く山地の林縁でキダチハマグルマ、ホソバワダン、ハナカモノハシ、キツネノヒマゴなどが混生していた。生育立地は日当たり良好で、風当たりがやや弱く、適度に湿った土壌であった。自生地周辺で約150個体あった。4箇所目は、海浜の草地で数個体見られたが個体サイズが小さく目視よる十分な調査ができなかったため再調査が必要である。自生地の開発、園芸用の採集、外来種のギンネムとの競合による減少が懸念された。
・分布:本州、四国、九州、久米島、渡名喜島、朝鮮、中国、台湾(横田ら,2006)。
② ワタヨモギ(キク科)
Artemisia gilvescens Miq.
・RDBJ:絶滅危惧IB類(292頁)
・RDBO:絶滅危惧IA類(173頁)
・踏査結果:海岸近くや集落周辺の草原の4箇所において、本種の個体群を確認した。1箇所目は、海岸に近い集落から外れた山裾でススキ、ハイアワユキセンダングサ、カタバミなどが生育する放棄耕作地で見られた。生育立地は、日当たりは良好から半日陰で、風当たりが強く、適度に湿った土壌であった。約40個体あった。2箇所目は海岸近くの草原で約100個体、3箇所目は集落周辺の草原で約20個体、4箇所目は海岸に近い集落から外れた山裾で約20個体を確認した。自生地と個体数が少ない上、遷移の進行や開発による減少が懸念された。
・分布:本州、四国、渡名喜島、中国(横田,2006)。
・学術的価値及び特記事項:分布域の南限であり、著しい隔離分布を示し、植物地理学上貴重である(横田,2006)。近年では徳島県と沖縄県(渡名喜島)で生育が確認されているだけである(小川,2003)。渡名喜島内の自生地では、ギンネムの侵入による原野の消失、ニシヨモギとの交雑による遺伝的汚染が減少の要因になっている(横田,2006)。
③ リュウキュウホウライカズラ(マチン科)
Gardneria liukiuensis Hatusima
・RDBJ:絶滅危惧IA類(106頁)
・RDBO:絶滅危惧II類(139頁)
・踏査結果:渡名喜島では比較的標高が高い山地の2箇所において、本種の個体群を確認した。いずれの箇所も岩上を這っていた。1箇所目は、山地林内においてグミモドキやオオムラサキシキブの低木、リュウキュウテイカカズラ(優占種)やタイワンクズ、サルカケミカンなどのツル植物と混生していた。生育立地は日当たりがやや良好で、風当たりが強く、乾燥した土壌であった。5m×5mの範囲で3個体あった。2箇所目は、山地の風衝地においてガジュマルやアコウの矮小低木、オキナワソケイ、ボウランなどと混生していた。生育立地は日当たりが良好で、風当たりが強く、乾燥した土壌であった。5m×5mの範囲で2個体あった。自生地と個体数が限られていた。
・分布:喜界島、沖永良部島、沖縄島北部、渡名喜島(横田ら,2006)。
・学術的価値及び特記事項:琉球列島の固有種である(横田ら,2006)。
④ タイワンビロードシダ(ウラボシ科)
Pyrrosia linearifolia (Hook.) Ching var.
heterolepis Tagawa
・RDBJ:絶滅危惧IA類(46頁)
・RDBO:絶滅危惧IA類(357頁)
・踏査結果:山地の頂上一帯の1箇所において、本種の個体群を確認した。個体数は50個体未満で、本種が生育する周囲にはガジュマル(優占種)やアコウの矮小低木林に、ソテツ、クロイゲ、シイノキカズラ、リュウキュウマメヅタなどが混生していた。生育立地は日当たり良好で、風当たりが強い岩盤や岩の隙間であった。自生地と個体数が限られている上、園芸用の採集による減少が懸念された。
・分布:沖縄島北部、渡名喜島、台湾(横田ら,2006)。
・学術的価値及び特記事項:分布域の北限で、国内では沖縄県内にのみ分布する(横田ら,2006)。
⑤ オキナワマツバボタン(スベリヒユ科)
Portulaca okinawensis Walker et Tawada
・RDBJ:絶滅危惧II類(394頁)
・RDBO:絶滅危惧IB類(72頁)
・踏査結果:海岸斜面の岩上の2箇所において、本種の個体群を確認した。1箇所目は、ハリツルマサキ、コウライシバ、ボタンボウ、シオカゼテンツキなどと混生する岩上の窪地で見られた。生育立地は日当たり良好で、風当たりが強く、乾燥した土壌であった。2m×2mの範囲で10個体あった。2箇所目は、ハマゴウ、ホソバワダン、シオカゼテンツキ、グンバイヒルガオと混生する岩場の崩壊地で見られた。生育立地は日当たり良好で、風当たりが強く、乾燥した土壌であった。斜面全体で約400個体あった。自生地が限られ、自生地の開発による減少が懸念された。
・分布:奄美大島、加計呂麻島、徳之島、沖縄島、久米島、渡名喜島、屋嘉比島、阿嘉島、慶留間島、粟国島(新城ら,2006)。
・学術的価値及び特記事項:奄美諸島と沖縄諸島の固有種である(新城ら,2006)。最近の研究により奄美群島産のものは、変種(Portulaca okinawensis var. amamiensis)として分けられた(Kokubugata et al,2013)。
⑥ その他
今回の調査の結果、絶滅危惧植物に指定されている木本において新記録が1種あった。別の雑誌等で記載報告する。
(2)その他に確認できた絶滅危惧植物[7種]
今回の調査で確認したRDBJ、またはRDBOに掲載されているその他の絶滅危惧種は以下のとおりである。
オキナワソケイ(モクセイ科)、フウラン(ラン科)、ボウラン(ラン科)、ヒメヤブラン(ユリ科)、ハママンネングサ(ベンケイソウ科)、ヒレザンショウ(ミカン科)、サイヨウシャジン(キキョウ科)。
(3)今回の調査で確認した沖縄県内では自生地または個体数が少ない普通種[3種]
RDBJ及びRDBOのいずれにも記載されていないが、今回の調査で沖縄県内における自生地または個体数の少ないと思われる種は以下のとおりである。
シマエンジュ(マメ科)、ショウキズイセン(ヒガンバナ科)、タチシノブ(イノモトソウ科)。
今回、調査した絶滅危惧種等の自生地は、海岸、草原、原野、山地の頂上・自然林・林縁、放棄耕作地といった開発行為による影響が懸念される地域や特定植物群落など様々な立地条件及び生育環境であった。また、絶滅危惧種がさらに減少する危機に瀕している要因については、人為的要因(開発・道路工事・土地造成・園芸採取・自然林伐採)、自然的要因(植生遷移の進行・自然災害等による撹乱・外来種との競合)などが懸念された。
今後は、未踏エリアを含め調査範囲を広げるとともに、植物の季節性に配慮し調査効率の向上を図る必要がある。さらに、大学や博物館、植物園の標本室での標本調査を実施して過去の正確な分布情報を集積し、自生地における減少の現状を明らかにする必要がある。
本調査研究にご協力、ご指導いただいた、横田昌嗣氏(琉球大学理学部 教授)、小川誠氏(徳島県立博物館 上席学芸員)、新城和治氏、國府方吾郎氏(国立科学博物館 筑波実験植物園 研究主幹)に深く感謝申し上げます。
*1植物研究室・*2(株)ツドイカンパニー
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