亜熱帯性植物の調査研究
阿部篤志*1
本調査は、平成23年度から25年度における地域生物多様生保全計画(大宜味村地域連携保全活動計画)策定事業自然特性調査委員会設置要領に基づき、大宜味村中央部の石灰岩山地の自然特性を把握する為に植物調査を実施した。
大宜味村における維管束植物についての調査報告は、大宜味村教育委員会(1995)『大宜味村文化財調査報告書第4集 大宜味村の自然“大宜味村動植物調査報告書”』(以下、大宜味村教育委員会『大宜味村の自然』(1995)と表記する)によって報告され、中央部の石灰岩山地では、ヒメユズリハ―ヤブツバキ群落(喜名)、ヤブニッケイ―ホルトノキ群落(塩屋富士北西斜面・ネクマチヂ岳北東側)、アマミアラカシ―クロツグ群落(喜納クヮーダキムイ周辺)、アカギ―クロツグ群落(田港御願の御嶽林)が挙げられている。
平成25年度(最終年度)の調査では、過年度に実施した中央部の石灰岩山地における植物相調査の補足調査を行うとともに、希少種や固有種の分布状況調査などを実施するものである。尚、本報告書は過年度の調査に加え、平成25年6月26日から平成25年11月12日まで実施した調査の報告である。
本調査にあたり、新里孝和氏(元琉球大学農学部 教授)、横田昌嗣氏(琉球大学理学部 教授)には調査内容および種の扱い方等についてご指導いただき、また海老原淳氏(国立科学博物館筑波実験植物園 植物研究部研究員)には同定にご協力していただいた、記して感謝の意を表したい。
大宜味村中央部の石灰岩山地の植物相を把握する為に同地域内(以下、「調査区域」と表記)の踏査を行ない、目視で確認できるシダ植物及び種子植物の種類をリストアップした。一部、同定の困難なものや新産種の疑いがあるものについては、植物体の一部を採取し、さく葉標本にした。これらの種は現在同定中である。リストアップした種については、科の配列はエングレル式(1924,1936)により、科名・学名・和名は主に「BG Plants 和名−学名インデックス(通称:YList)米倉浩司・梶田忠,2011.」及び「琉球植物目録(初島住彦・天野鉄夫,1994)」に従い整理した。さらに、絶滅危惧植物については、環境庁自然環境局野生生物課「第4次レッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)」(2012)、及び沖縄県文化環境部自然保護課「改訂・沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物(菌類編・植物編)」(2006)に従い整理した。今年度は、未踏査地域における植物相調査を行なった。
調査区域における踏査の結果、過年度で把握した448種のシダ植物及び種子植物以外に2種(コニガクサ、ヒメアオスゲ)を新たに確認した(写真11,12)。その結果、内訳はシダ植物13科34属71種、種子植物101科267属379種になり、リストを別表1に、科・属・種数を表1にまとめた。その内、27種(コケカタヒバ:新産地、サンカクホングウシダ、ホラカグマ、オオトキワシダ、ウスバスナゴショウ、クワクサ、オオツヅラフジ、ハマダイコン、ナガエコミカンソウ、コケオトギリ、シマギンレイカ、ワルナスビ、マルバハダカホウズキ、ヒメサギゴケ、ホソバアキノノゲシ、ホンゴウソウ、ウエマツソウ、ホウライチク、ニセアゼガヤ、オオハンゲ、キールンヤマノイモ、ヒナノシャクジョウ、ボウラン、アリサンムヨウラン、タシロラン、ムカゴサイシン、ヒメフタバラン)については、大宜味村教育委員会『大宜味村の自然』(1995)に記載がなく、これまでの調査で新たに確認された種であると思われる(写真1〜10)。リストには自生種・帰化種・栽培種が含まれており、特に帰化種については林道沿いや植林跡地のギャップ等に比較的多く見られ、栽培種については、かつて植林されたスギやクスノキをはじめ、当時の生活で利用されたと考えられるホウライチク(方言:インジャダキ)等が見られた。
表-1 調査区域で確認された植物
分類群 | 科 | 属 | 種 |
シダ植物 | 13 | 34 | 71 |
種子植物 | 101 | 267 | 379 |
合計 | 114 | 301 | 450 |
絶滅危惧植物については、今年度の調査では追加する種はなかったが、未踏査地域内の一部(押川集落の西側山地斜面上部から中部にかけて)でカレンコウアミシダ、ワラビツナギ、マツザカシダ、コウザキシダ、アオキ、アカハダグス等を確認した(写真21〜23)。
過年度の調査結果より、環境省版レッドリスト及び沖縄県版レッドデータブックに基づき、絶滅危惧種(I類・II類)及び準絶滅危惧種を対象にリストアップし別表2および表2にまとめた。これまで確認した植物種のうち絶滅危惧植物につい ては、環境省版では38種が挙げられ、その内訳はシダ植物3科4属7種、種子植物14科27属31種、沖縄県版では希少種は40種が挙げられ、その内訳はシダ植物5科8属9種、種子植物14科25属31種となった(写真13〜20)。これら絶滅危惧植物は、登山道から離れた場所や御獄、各山系の頂上周辺や河川沿い、石灰岩と非石灰岩由来の土壌が混在すると思われるドリーネの一部などで見られる傾向が高かった。これは、「登山道から離れた場所や御獄」については、人為的撹乱の頻度が低く自然度の高い、入りづらく盗難に遭う可能性の低い、外来種の影響が少ない環境であること(写真24,25)、「各山系の頂上周辺や河川沿い」については、雲霧林内、風衝地、渓流域などの生育範囲の狭い特殊な環境であること、「石灰岩と非石灰岩由来の土壌が混在すると思われるドリーネの一部」については、自然度が高く土壌成分の特異性などの特殊な環境であることが考えられる(写真26,27)。以上より、これらの地域は絶滅危惧種の保護・保全の観点から、「重要エリア」として位置づけることとする(図1)。尚、平成25年度の調査結果を踏まえ、押川集落の西側山地斜面を「重要エリア」に追加した(図1の点線丸印部分)。
表-2 調査区域で確認された絶滅危惧植物
【環境省版レッドリスト(2012)掲載種】
分類群 | 科 | 属 | 種 |
シダ植物 | 3 | 4 | 7 |
種子植物 | 14 | 27 | 31 |
合計 | 17 | 31 | 38 |
※掲載対象種は維管束植物のうち絶滅危惧種(I類・II類)と準絶滅危惧
表-3 調査区域で確認された絶滅危惧植物
【沖縄県版レッドリスト(2006)掲載種】
分類群 | 科 | 属 | 種 |
シダ植物 | 5 | 8 | 9 |
種子植物 | 14 | 25 | 31 |
合計 | 19 | 33 | 40 |
※掲載対象種は維管束植物のうち絶滅危惧種(I類・II類)と準絶滅危惧
田港植物群落エリア以外は、私有地が大部分を占めるので、財産所有形態の把握・今後の検討が必要である。この課題の解決を図ることで、将来的には環境省が取り組んでいる世界遺産に向けた国立公園化への推進にもつながり、結果的に大宜味村の活性化、環境教育の向上に寄与すると思われる。また、上記地域における開発行為はもとより、人為的な植物(在来種・外来種等問わず)の植栽は、生物多様生保全の観点から極力避けるべきであると思われる。
別表2にあげる絶滅危惧植物
参考文献
1) 環境庁自然環境局野生生物課(編),2000.改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物8 植物I(維管束植物).財団法人自然環境研究センター,東京
2) 沖縄県文化環境部自然保護課(編),2006.改訂・沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物(菌類編・植物編).沖縄県文化環境部自然保護課,那覇
3) 大宜味村教育委員会,1995.大宜味村文化財調査報告書第4集 大宜味村の自然.“大宜味村動植物調査報告書”.大宜味村教育委員会,大宜味
4) 初島住彦・天野鉄夫,1994.琉球植物目録.沖縄生物学会,西原
5) 星野卓二・正木智美・西本眞理子,2011.日本カヤツリグサ科植物図譜.平凡社,東京
6) 中島睦子・大場秀章,2012.日本ラン科植物図譜.文一総合出版,東京
7) 米倉浩司・梶田忠,2011.YList,<http://bean.bio.chiba-u.jp/bgplants/ylist_main.html>,(2012/9/3アクセス)
8) 環境庁自然環境局野生生物課 報道発表,2012年8月28日.第4次レッドリスト,
<http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=15619>,(2012/9/3アクセス)
*1研究第二課
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