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  1. 9)有用植物の増殖に関する調査・研究
沖縄美ら島財団総合研究所

亜熱帯性植物の調査研究

9)有用植物の増殖に関する調査・研究

徳原憲*1・佐藤裕之*1・松原和美*1・具志堅雪美*1・大城健*1

1. はじめに

沖縄県では熱帯果樹や観葉植物、島野菜等の生産が盛んであるが、その多くは株分けや挿し木等で繁殖させなければならない栄養繁殖性作物である。栄養繁殖性作物は種子繁殖性作物と異なり繁殖効率が悪く、また、ウイルス等の病気を親株から引き継ぎやすい問題がある。
植物体から組織の一部を取り出し人工環境下で培養する組織培養技術は、上記問題点を克服する技術として既に多くの作物で実用化がなされている。しかし、沖縄県で栽培されている作物の中には技術構築がなされていない品目も多い。
本調査・研究は、沖縄県の農産業振興を目的に、県内で栽培されている有用な栄養繁殖性作物について、組織培養による増殖技術構築を試みるものである。

2.受託事業

1)パインアップルに関する調査・研究

2.受託事業
写真-1 パインアップル培養苗(順化後)の様子

2.受託事業
写真-2 タイにおける先進地調査の様子

パインアップルは沖縄県内で生産される熱帯果樹のうち最も生産量が多い品目であり、関連産業や雇用機会の創出など地域経済への貢献が大きいことから、重要な産業の一つとして位置づけられている。産業振興のため沖縄県農業研究センターでは継続的に育種が続けられ、‘サンドルチェ’等優れた品種が誕生している。こうした優良品種を早期に普及すべく、平成27年度より沖縄県で「熱帯果樹優良種苗普及システム構築事業」がスタートした。当財団植物研究室は優良種苗生産技術開発に関する調査を受託し、過去2年間で増殖培養やウイルスフリー化に最適な培養条件を明らかにすると共に、増殖率や生産コストの算出などを行った。
平成29年度は過年度を踏まえ大きく3つの調査を行った。1つ目は順化時期に関する調査である。培養苗は4月に順化すると均一かつ生育が良くなり、それ以降に順化すると腋芽が多数伸長した不揃いな苗(暑さによる頂芽の枯死が原因と推定)や枯死苗が増えることが明らかとなった。2つ目は培養変異に関する調査である。培養苗をハウス内にて順化、育成した結果、細葉株(パインアップルで比較的良く見られる変異の形態)等の発生は殆ど見られなかった。また、一般的な手法で増やされた苗と比較して生育が旺盛になる傾向が見られた。3つ目はタイにおける先進地調査である。タイでは培養苗を用いたパインアップルの生産が実用化されており、訪問時は輸出に向く‘MD2’の種苗生産がされていた。この培養苗は培養変異のリスクが高いとされるカルス増殖によるものであったが、問題化したことはないとのことだった。また、過去にタイ東部の産地で萎凋病が深刻化した事例の紹介もあり、ウイルスフリー苗を基にした種苗普及の必要性を痛感した。

2)パッションフルーツに関する調査・研究

2)パッションフルーツに関する調査・研究
写真-3 パッションフルーツ生長点培養苗の様子

沖縄県ではパッションフルーツの生産拡大が期待されており、新品種開発も進んでいる。しかし、樹勢低下などを引き起こすトケイソウ潜在ウイルスが全県的に蔓延しており、対策が急務である。ウイルス病による被害を防ぐためには、ウイルスフリー苗の作出が不可欠である。当財団植物研究室では「熱帯果樹優良種苗普及システム構築事業」の一環としてパッションフルーツのウイルスフリー化技術構築を試みた。
パッションフルーツの生長点(ウイルスに汚染されにくい組織)を切り出し、一般的な培養条件で培養を行った。その結果、多芽体は形成されたものの、植物体再生には至らなかった。しかし、エチレン合成を阻害する試薬等を添加した培地にてシュートの発生が見られた事から、培地条件を工夫する事で生長点から植物体を再生できる事が示唆された。

3)サツマイモの増殖業務

3)サツマイモの増殖業務
写真-4 サツマイモ培養苗(納品時)の様子

サツマイモは沖縄県の環境に適する農作物の一つであるが、移動規制対象病害虫であるアリモドキゾウムシとイモゾウムシの蔓延から県外への出荷が禁止されている。そうした中、久米島は両害虫の駆除に力を入れ、平成25年にはアリモドキゾウムシの根絶に成功した。アリモドキゾウムシの再発生を防ぐため、発生地域から久米島へサツマイモ種苗を持ち込む事は原則禁止となっている。一方、久米島では沖縄県農業研究センターが開発した優良品種の導入が期待されている。サツマイモの種苗は培養苗であれば久米島への導入が可能であるため、沖縄県では「沖縄県かんしょ奨励品種の節培養による苗増殖及び発送に関する業務」を実施ししている。
当財団植物研究室は本事業を受託し、優良品種3品種の節培養を行った。その結果、約1,000本のサツマイモ培養苗の生産に成功し、久米島へ納品した。

3.自主事業

1)スイゼンジナに関する調査・研究

1)スイゼンジナに関する調査・研究
写真-5 スイゼンジナ培養物の様子

当財団では地域貢献の一環として、本部町の小学校空き教室を利用した植物工場事業に取り組んでいる。植物工場の運用に当っては採算性が課題となるため、付加価値の高い品目を選定し、生産していく事が不可欠である。スイゼンジナは沖縄ではハンダマと呼ばれ、古くから栽培されてきた島野菜である。ポリフェノールやγ-アミノ酸といった健康成分を多く含むことから、植物工場向きの品目であると考えられる。しかし、スイゼンジンナは挿し木で増殖させる必要があるため、増殖効率が悪く、かつ、植物工場内に病害虫を持ち込むリスクを含んでいる。そこで、植物工場向けの健全苗を大量生産すべく、スイゼンジナの組織培養技術構築を試みた。
露地栽培されたスイゼンジナの茎を滅菌処理し、茎頂部の培養を行った。培地条件を検討した結果、1ヶ月間で4倍に増殖することに成功した。平成30年5月には植物工場内に600苗を順化する予定である。

2)カンヒザクラの増殖業務

2)カンヒザクラの増殖業務
写真-6 カンヒザクラ培養物の様子

米国公益法人ハワイ桜基金ではハワイにサクラを植え、サクラの花をハワイ在住の日本人を含め多くのアメリカ人に鑑賞してもらうことを熱望している。代表的なサクラであるソメイヨシノは、温暖なハワイでは開花しないため、沖縄のカンヒザクラの導入を目指している。しかし、検疫上の問題でハワイにサクラを輸出するためには試験管内の植物体に限られている。そこで、生長点培養によるカンヒザクラの培養物作成を試みた。
滅菌方法等で工夫を行った結果、30株の培養苗の作成に成功した。平成30年度は圃場で順化試験を行うと共に、ハワイの気候に合うカンヒザクラの品種を調査するため、5品種程度の増殖調査を行う。

3)カザリシダ属sp.に関する調査・研究

2)カンヒザクラの増殖業務
写真-7 カザリシダ属sp.培養物の様子

カザリシダ属は沖縄県を北限に熱帯・亜熱帯アジア地域に産するシダ植物である。本属には観賞価値が高い種が含まれ、県内では切葉として生産もされている。一方、沖縄県に自生するカザリシダは絶滅危惧ⅠA類に属する絶滅危惧植物であり、保全が求められている。そこで、本属の増殖技術を確立する事ができれば、農産業振興、絶滅危惧種保全の両点から有益である。
平成29年度は、カザリシダ属の一種の胞子培養(無菌培養)技術構築を試みた。その結果、前葉体の形成、増殖に成功した。平成30年度は前葉体からの胞子体を形成させる技術を構築する。


*1植物研究室

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