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ホーム総合研究センター平成29年度 事業年報 > 4)大型板鰓類の生理・生態・繁殖に関する調査研究

沖縄美ら島財団総合研究センター[美ら島研究センター]

海洋生物の調査研究

4)大型板鰓類の生理・生態・繁殖に関する調査研究

野津了*1・冨田武照*1・松本瑠偉*1・佐藤圭一*1

1.はじめに

ジンベエザメやナンヨウマンタに代表される大型板鰓類の多くは個体数の減少もあり世界的な保護対象種とされてきている。現在すでに、種の保存に向けた活動が重要視されてきている一方で、そのような活動に必要となる板鰓類の生理・生態・繁殖学的な情報は不足しているのが現状である。そこで当財団では、飼育下における大型板鰓類の研究を積極的に推進することで、野外からでは獲得しえない新たな知見の蓄積に努めている。また、そこから得られた成果を活用し、飼育動物の健康管理技術や繁殖統御技術を開発することで野生生物の保全に貢献し、持続的な水族館運営に繋げるべく調査研究を展開している。

2.抗卵黄タンパク抗体を利用した板鰓類卵胞サイズの推定の試み

2.抗卵黄タンパク抗体を利用した板鰓類卵胞サイズの推定の試み
図-1 ウェスタンブロンティング法による抗卵黄タンパク抗体の特異性の確認。想定される分子量付近に雌血清特異的にシグナルが観察される。F:トラフザメ雌血清サンプル。M:トラフザメ雄血清サンプル。矢じりは想定される分子量付近のシグナルを示す。

大型板鰓類の飼育下繁殖を試みる際の課題の一つに、雌の生殖状態の把握の難しさが挙げられる。雌は外部形態から成熟状態を判別することが困難である一方、雌は大きな成熟卵を形成することから、卵形成期において血中の卵黄タンパク前駆物質量が大きく変化すると予想される。血中の卵黄タンパク前駆物質量の変化と卵胞サイズに相関を見出すことができれば、雌の生殖状態を推定する指標の一つになると期待される。
血中の卵黄タンパク前駆物質を検出するために、トラフザメの卵黄を抗原とし、抗血清を作製した。作製した抗血清にトラフザメの雄血清を添加し、沈殿を除いて得た上清を抗卵黄タンパク抗体とした。作製した抗卵黄タンパク抗体も用いて、トラフザメ雌雄血清をウェスタンブロッティング(WB)に供したところ、抗体に対するシグナルが雌特異的にかつ、予想される分子量に認められた。これらのことから本抗体が卵黄タンパク前駆物質を認識していると考えられた。今後は、各時期に採取した成熟雌トラフザメの血清をWBに供し、シグナルの強度と卵胞サイズの関係を詳細に調べ、板鰓類の卵胞サイズの推定方法の確立を目指していく。

3.板鰓類血液サンプルを利用した新規分子バイオマーカーの探索

飼育下における板鰓類の生殖状態の把握および健康管理を行う上で、生理状態を反映したバイオマーカーの確立が求められている。血液は非致死的かつ経時的に採取可能であることから、バイオマーカーのモニタリングに有用だと考えられる。近年ではヒトにおいても、血液中の遺伝子マーカーを利用した新たな健康診断技術の開発が進んでいる。当財団では板鰓類においても同様の技術が適用できると考え、板鰓類の血液サンプルにおいて利用できる、新規分子バイオマーカーの探索および確立を目指している。
昨年度までに、トラフザメの成熟雌を用いて、血液中で発現している遺伝子を網羅的に解析し、繁殖期前後で有意に発現変動している遺伝子を複数特定していた。それら新規マーカー候補遺伝子の発現量をより定量性の高い「リアルタイムPCR法(RT-qPCR)」を用いて測定し、マーカーとしての妥当性を検証する必要があった。今年度は、各遺伝子のRT-qPCRを実施するに当たり、詳細な条件検討を行い、RT-qPCRの適切な条件を確立することができた。今後は、周年に渡り採取した血液サンプルを用いてRT-qPCRを実施し、バイオマーカーの妥当性を検証する。加えて、これらの新規マーカー候補遺伝子が未成熟個体と成熟個体を判別するマーカーとなり得るのかを検証するため、未成熟個体からの血液サンプルの採取にも取り掛かっている。

4.イタチザメの出産プロセスと新生個体の行動に関する調査

板鰓類の出産行動は、その観察例の少なさから不明な点が多い。水族館は板鰓類の出産の全プロセスを観察できる希有な施設であり、飼育個体の出産行動を記録することは極めて重要である。
我々は2017年3月23日に飼育下で見られた世界初のイタチザメの出産イベントを詳細に分析し、いくつかの新知見を得た。第一に、出産は3.5時間に及び、これは過去に報告されている板鰓類の中で最長であった。第二に全ての胎仔は尾部から子宮外に排出されていた。第三に、出産の前後で胎仔の呼吸メカニズムが切り替わることを明らかにした。つまり、出産前の胎仔は口腔内の圧力をリズミカルに変化させることで呼吸を行うのに対し、出産後は遊泳時に発生する水流を利用して呼吸を行っていた。第四に、出産直後の個体が定期的に着底する行動が見られた。これは、継続的な遊泳ができるようになるまでの遷移的な行動であると考えられる。第五に、胎仔は出産直前まで卵殻に包まれていることが明らかとなった。これは、胎生板鰓類の卵殻の機能を考える上で有用な情報である。
板鰓類の出産行動は、世界的に観察例が極めて少なく、板鰓類全体のパターンを読み解くにいたっていない。沖縄美ら海水族館での飼育下繁殖をより多くの種類で成功させることで、板鰓類の出産行動の解明につながることが期待される。

3.板鰓類血液サンプルを利用した新規分子バイオマーカーの探索
写真-1 槽内で出産されたイタチザメの新生個体

5.プラスティネーションとX線断層装置を利用したジンベエザメの心臓の構造観察

プラスティネーションとは、軟組織に含まれる水分をシリコン樹脂と置換することにより、立体形状を残したまま、空気中で半永久的に保存可能にする技術である。沖縄美ら海水族館では、普及啓発活動への利用を目的として、ジンベエザメの心臓のプラスティネーション標本を作成した。我々は、この標本をX線断層診断装置(CT)で撮影し、通常の組織切片による観察と併せて内部構造の調査を行った。なお、本研究は慈恵医科大との共同研究として行われた。
観察の結果、ジンベエザメの心臓は表面を構成する緻密心筋と、深層を構成する海綿状心筋の二層からなることが明らかとなった。この二層構造は、他の板鰓類でも見られるが、ジンベエザメは緻密心筋が極めて薄いことで特徴づけられる。一般に緻密心筋は急激な運動時に用いられると考えられている。ジンベエザメの薄い緻密心筋は、彼らがプランクトン食者であり、急激な運動を必要としないことと整合的である。さらに、CT画像の観察により、これまでランダムと考えられていた海綿状心筋の筋繊維の走行方向に、規則性があることも明らかとなった。この走行方向は、心臓の伸縮方向を反映すると考えられ、生体観察の難しいジンベエザメの心臓の立体的な動きを推定する上で重要なデータである。
本研究はプラスティネーションとCTを組み合わせて板鰓類の心臓の構造を明らかにした初めての研究である。一般に、軟組織はCTでの観察に向かないとされている。しかしプラスティネーション標本を作製することで、もともとの立体構造を失わないまま、CTでの観察が可能となる。この技術は、他の軟組織の観察にも広く適用可能である。

5.プラスティネーションとX線断層装置を利用したジンベエザメの心臓の構造観察
図-2 X線断層画像から立体構築したジンベエザメの心臓


*1動物研究室

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